医薬経済社が販売を始めた健康珈琲ドリップバッグが好評だというのに、なんとも厄介な実験データが発表されました。何が厄介かと言いますと、健康にとって良いものか悪いものか、ほとんど何もわかっていないのに、「悪いのではないか・・・?」と誰もが自然抱く憶測だからです。コーヒーにとって避けて通れない話です。


●ドリップバッグで淹れたコーヒーには、≥1万個/杯のマイクロ・プラスティック(MPs)が入っている(詳しくは → こちら)。

 世界の疫学研究データをまとめてみると、コーヒーの健康効果を安全に享受するには、1日3~4杯が最適となっています。となると、コーヒーだけでも1日約5万個のMPsが体内に取り込まれる計算になるというのです。

 実験に使ったのは市販の8つのブランド品で、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエステル(PET)、およびレーヨンから製造された袋に充填したドリップバッグです。抽出温度は95℃、時間は1~5分として、得られた結果を図1に示します。抽出された全MPsの組成を赤外線スペクトルで調べた結果、その80%以上がレーヨンでした。



 論文著者の結語の中に「私たちの実験によれば、ドリップバッグの袋の素材を選ぶ基準作りが必要です」と書かれているのが印象的でした。


●MPsは海洋生物の生存を脅かしていますが、直接人類にとっても大きな問題をはらんでいます。

 この件について2021年のNature誌に解説が載っていました。長文ですが良くまとまっているので、以下に日本語で引用します。お忙しい方でも、「人体への影響は?」については是非とも読んでください。


FEATURE 06 MAY 2021

マイクロプラスチックは有害なのか?

 あらゆる場所で見つかるマイクロプラスチック。海洋生物や私たちの体内に見つかるこの微小なプラスチック片がどのような影響を及ぼすか、研究者たちは大急ぎで調査を行っている。



 ダブリン大学トリニティカレッジ(アイルランド)の環境工学者であるDunzhu Liは、以前は毎日、プラスチック容器に入ったランチを電子レンジで加熱していた。それをやめたのは、同僚と共に気掛かりな発見をしたからだ。プラスチック製の食品容器に湯を入れて振ると、マイクロプラスチックと呼ばれる微小なプラスチック片が湯の中に多数放出されることが分かったのだ。「衝撃を受けました」とLiは言う。彼らが2020年10月に発表した論文(文献1)によると、マイクロプラスチックはプラスチック製の電気ケトルや哺乳瓶からも放出されていた。研究チームの計算によると、プラスチック製の哺乳瓶に粉ミルクと湯を入れて振って調乳したミルクを飲む乳児は、1日に100万個以上のマイクロプラスチック粒子を摂取している可能性があるという。

 ただ、それが危険なことかどうかは、Liにも他の研究者にもまだ分からない。私たちは普段から砂や粉塵を食べたり吸い込んだりしており、それに加えてプラスチック片を摂取することが人体に害をなすかどうかは不明である。この点についてエクセター大学(英国)の生態毒性学者であるTamara Gallowayは、「私たちが摂取したもののほとんどは、そのまま消化管を通って体外に出ていきます」と言う。一方のLiは、慎重に言葉を選び、「潜在的なリスクは高いかもしれないと言ってもいいでしょう」とコメントしている。

 「マイクロプラスチック」という言葉を初めて使ったのは、プリマス大学(英国)の海洋生態学者Richard Thompsonで、2004年のことだった。彼の研究チームが英国の海岸で見つけた直径5mm未満のプラスチック粒子を記述するために作った言葉だ。科学者たちはそれ以来、深海、北極の雪や南極の氷、貝、食卓塩、飲料水やビール、空気中に漂う物質や、山々や都市に降る雨など、調査を行うあらゆる場所でマイクロプラスチックを発見している。これらの微小な破片が完全に分解されるまでには何十年もかかる可能性がある。Gallowayは、「ほとんど全ての生物種が一定のレベルで曝露をしていることはほぼ確実です」と言う。

 研究者たちがマイクロプラスチックの潜在的な害を心配するようになって20年近くになるが、ほとんどの研究が海洋生物へのリスクに目を向けている。最初期の研究では、化粧品に含まれるマイクロビーズや、成形前に工場から漏れ出したバージンプラスチックのペレット、さらには廃棄されたペットボトルや大きなプラスチックごみから徐々に出てくる破片に焦点が当てられていた。これらは全て、川や海に流れ込んでゆく。海洋学者たちは2015年に、世界中の地表水の中には15兆~51兆個のマイクロプラスチック粒子が浮遊していると推定した。道路を走る自動車のタイヤから剥がれ落ちたプラスチック片や、衣服から抜け落ちた合成繊維のマイクロファイバーなど、以前は知られていなかったマイクロプラスチック発生源も確認されている。マイクロプラスチック粒子は海と陸を行き来するので、人々はあらゆる発生源からのプラスチックを吸い込んだり食べたりしている可能性がある。

 ワーヘニンゲン大学(オランダ)の環境科学者であるAlbert Koelmansは、2021年3月、空気、水、食塩、魚介類に含まれるマイクロプラスチックについての限定的な調査から、子どもや大人が1日に数十個から10万個以上のマイクロプラスチック片を摂取している可能性があると報告した(文献2)。最悪の場合、人々は1年間にクレジットカード1枚分のマイクロプラスチックを摂取しているのではないかと、研究チームは考えている。

 規制当局は、マイクロプラスチックが人々の健康に及ぼすリスクを定量するための第一歩として、曝露量の測定を始めている。2021年7月、米国カリフォルニア州環境保護局の一部門であるカリフォルニア州水資源管理委員会は、規制当局としては世界で初めて、飲料水に含まれるマイクロプラスチックの濃度を定量するための標準的な手法を発表した。その目的は、今後4年間にわたって水のモニタリングを行い、結果を公表することにある。

 問題の残り半分は、微小なプラスチック片が人や動物に及ぼす影響を評価することだが、これは「言うは易く行うは難し」である。これまでに実験室で100以上の実験が行われ、水生動物をはじめとする各種の動物がマイクロプラスチックに曝露されてきた。曝露の後、一部の生物の繁殖効率が低下したり、物理的な損傷を受けたりすることがあったかもしれないが、これらの観察結果が曝露により引き起こされたと解釈するのは困難だ。マイクロプラスチックは形状や大きさや化学組成がまちまちであることや、実験の多くは、環境中で見つかるものとは大きく異なる物質を使用しているためである。

 研究者が特に心配しているのは「ナノプラスチック」と呼ばれる、直径1µm未満の最も小さなプラスチック片である(「マイクロプラスチックの大きさ」参照)。中には、細胞内に入り込んで、その活動を阻害する恐れのあるものもある。それなのに、ほとんどのナノプラスチックは小さ過ぎて科学者にも見えない。ナノプラスチックは、食品中のマイクロプラスチックの数についてのKoelmansの見積もりには含まれていないし、カリフォルニア州のモニタリングの対象にもなっていない。



 1つはっきりしているのは、この問題は大きくなる一方であることだ。毎年4億t近いプラスチックが生産されており、その量は2050年までに2倍以上になると予測されている。奇跡的に明日から全てのプラスチックの生産が停止したとしても、埋め立て地や環境中にある既存のプラスチック(その量は約50億tと推定されている)は、回収も清掃も不可能な微小な破片へと分解され続け、マイクロプラスチックの濃度は上昇を続ける。Koelmansはこれを「プラスチック製の時限爆弾」と呼んでいる。

 「リスクについては、今はそれほど怖くありません」と彼は言う。「けれどもこのまま何もしないなら、将来的にはちょっと心配です」。


想定される被害の形

 プラスチック片が害を及ぼす仕組みについて、研究者たちはいくつかの説を唱えている。細くて長いアスベスト繊維が肺組織に入り込むと、炎症が起こり、がんを引き起こすことがある。同様に、微小なプラスチック片が細胞や組織の中に入り込むと、異物として存在しているだけで炎症を引き起こす可能性がある。また、マイクロプラスチックが生体に及ぼす影響は、大気汚染に似ているかもしれない。発電所や自動車の排ガスや森林火災などで発生する煤煙のうち、直径10µm以下の粒子状物質(particulate matter)はPM10、2.5µm以下のものはPM2.5と呼ばれ、これらは気道や肺に沈着し、高濃度になると呼吸器系を損傷することが知られている。ただしKoelmansによると、PM10の濃度は、空気中で検出されているマイクロプラスチックの濃度の数千倍であるという。

 マイクロプラスチックに化学毒性があるなら、大きいものほど生体に悪影響を及ぼす可能性が高い。プラスチックは製造過程で可塑剤、安定剤、顔料などの化合物が添加されており、こうした物質の多くは内分泌系に干渉するなどの害をなす。しかし、マイクロプラスチックを摂取することで、これらの化学物質への曝露が大幅に増加するかどうかは、化学物質がプラスチック片からどのくらい早く溶け出してくるか、そして、プラスチック片がどのくらい早く体内を通過するかによって決まる。研究者たちは、こうした要因の研究を始めたばかりである。

 仮説の中には、マイクロプラスチックが環境中の化学汚染物質を吸着するかもしれないというものもあり、汚染プラスチック片を食べた動物の体内に化学汚染物質が運び込まれるという筋書きだ。しかし、動物はいずれにせよ、食物や水から汚染物質を摂取するものであり、ほとんど汚染されていないプラスチック片を飲み込んだ場合には、むしろ消化管から汚染物質を除去するのに役立つ可能性さえある。米国立標準技術研究所(NIST;メリーランド州ゲイサーズバーグ)と提携している海洋生物学者のJennifer Lynchは、汚染物質が付着したマイクロプラスチックが重大な問題であるかどうかについては研究者の間で意見の一致を見ていないと説明する。

 少なくとも海洋生物に関しては、栄養価のないプラスチック片を飲み込むことで、生きるために必要な餌を十分に食べられなくなるというのが、最も単純な被害の形かもしれない。ハワイ・パシフィック大学(ホノルル)の海洋ゴミ研究センターの共同所長でもあるLynchは、海岸に打ち上げられたウミガメの死体を解剖して、消化管内のプラスチックや組織中の化学物質を調べている。彼女のチームは2020年に、孵化後3週間未満のタイマイの子ガメ9匹を分析した。そのうちの1匹の体長はわずか9cmで、消化管には42個のプラスチック片があり、そのほとんどがマイクロプラスチックだった。

 「9匹の子ガメの中で、プラスチックが原因で死んだものはいないと思います」とLynchは言うが、生き残るために必要な速さで成長できなかったのではないかと考えている。「子ガメにとって孵化してからの数週間は、一生の中でも特に厳しい時期なのです」。


海洋生物への影響は?

 マイクロプラスチックの影響が最も多く研究されてきたのは海洋生物である。プリマス海洋研究所(英国)の海洋生物学者Penelope Lindequeによると、海洋生物の中でも特に小さい動物プランクトンは、マイクロプラスチックが存在する環境では成長が遅くなり、繁殖がうまくいかなくなるという。卵が小さく、孵化しにくくなるのだ。彼女の実験から、繁殖がうまくいかない原因は、動物プランクトンが十分な餌を摂取できていないことにあることが分かっている(文献3)。

 しかし、生態毒性学者たちが実験を始めた当初、水環境にどのような種類のマイクロプラスチックが存在しているかが分かっていなかった。そのため、実験では主に既成の素材を使用していた。中でもよく使われていたのは、調査によって確認されたマイクロプラスチックよりも小さいポリスチレン製の球体で、その濃度は実際よりもはるかに高かった(「曝露実験と環境調査のマイクロプラスチックの違い(下図)」参照)。



 科学者たちは、より現実の環境に近い条件を採用し、動物を曝露させるプラスチックの形状も、球体ではなく繊維状や破片を採用するようになってきている。また、動物たちが実際にマイクロプラスチックを食べている状況にもっと近づけるために、試験材料をバイオフィルムを模した化学物質でコーティングし始めた研究者もいる。

 特に問題視されているのは、繊維状のマイクロプラスチックである。球体に比べて、繊維は動物プランクトンの体内を通過するのに時間がかかるとLindequeは言う。2017年、オーストラリアの研究者たちは、動物プランクトンがマイクロプラスチック繊維に曝露されると、繁殖により生まれる幼生の数は通常の半分となり、幼生が成体になっても小さかったと報告した。動物プランクトンはマイクロプラスチック繊維を摂取していなかったが、研究者たちは、繊維が遊泳の妨げとなり、プランクトンの体を変形させていることを確認した(文献4)。また、2019年に発表された別の論文(文献5)は、マイクロプラスチック繊維に曝露されたスナホリガニ科のカニ、エメリタ・アナロガ(Emerita analoga)の成体が短命であることを明らかにしている。

 実験室で生物をプラスチックに曝露させる研究の大半は、特定の大きさ、組成、形状を持つ1種類のマイクロプラスチックを使っている。しかし自然環境にいる生物はさまざまな種類のマイクロプラスチックに曝露しているとKoelmansは言う。彼と博士課程学生のMerel Kooiは、2019年に、海洋、河川、堆積物中に含まれるマイクロプラスチックの量を調べた11件の研究結果に基づいてマイクロプラスチックの量をプロットし、水環境における混合物のモデルを構築した。

 2人は2020年、同僚と協力して、このモデルを使ってコンピューターシミュレーションを行い、魚たちが摂食可能な大きさのマイクロプラスチックに遭遇する頻度や、成長に影響を及ぼすほどの量のプラスチック片を食べてしまう可能性について予測した。その結果、現在のマイクロプラスチック汚染のレベルで、魚たちがそうした危険にさらされる場所は、マイクロプラスチックの存在量を調べた場所の1.5%にとどまることが分かった(文献6)。しかしKoelmansは、リスクがもっと高いホットスポットがあるかもしれないと考えている。その可能性のある場所の1つが深海だ。深海に到達したマイクロプラスチックは堆積物の中に埋もれることが多いため、他の場所に移動する可能性は低く、除去する方法はない。

 海洋は既に多くのストレス要因に直面しているため、Lindequeは、マイクロプラスチックが食物連鎖をたどってヒトに到達することよりも、動物プランクトンの数がさらに減少してしまうことの方を恐れている。「動物プランクトンは海洋食物網の基礎となっています。これが破壊されてしまったら、魚類資源や、世界の人口を養う能力はどうなってしまうのか。問題はさらに深刻です」。


人体への影響は?

 この分野をリードする研究者たちは、プラスチック片が人体に与える影響を直接調べた研究はまだ発表されていないと言う。これまでに発表されている研究は、細胞やヒトの組織を実験室でマイクロプラスチックに曝露させる実験や、マウスやラットなどの動物を使った研究だけである。ある研究では(文献7)、大量のマイクロプラスチックを摂取させたマウスの小腸に炎症が確認されたと報告している。別の2つの研究では、マイクロプラスチックに曝露させたマウスは、対照群と比較して、精子の数が少なかったり(文献8)、生まれた子が少なかったり、小さかったりした(文献9)。ヒトの細胞や組織を用いたin vitroの研究にも、毒性を示唆するものがある。しかし、海洋生物の研究と同様、実験に用いられた濃度が、マウスやヒトが曝露する濃度として妥当であるかどうかは不明である。また、ほとんどの研究ではマイクロプラスチックとしてポリスチレン製の球体を使用しているが、ヒトが実際に摂取しているマイクロプラスチックはもっと多様である。Koelmansは、これらは同種の研究としては最初期のものであり、しっかりした証拠が集まってくれば外れ値となるかもしれないと指摘している。現在は、動物を使った実験よりもin vitroの実験の方が多い。しかし研究者たちは、固形のプラスチック片の組織への影響に基づいて全身の健康に影響を及ぼす可能性を推定する方法はまだ分かっていないと言う。

 マイクロプラスチックのリスクを巡る問題の1つは、これらが人体に残留し、組織に蓄積される可能性があるかどうかである。マウスを使った研究では、直径5µm前後のマイクロプラスチックが腸内にとどまったり肝臓に到達したりする可能性があることが分かっている。Koelmansらは、マウスがマイクロプラスチックを排泄するのに要する時間に関するごく限られたデータと、直径1~10µmの粒子のうち消化管から体内に吸収されるものはごく一部であるという仮定を用いて、ヒト1人の体内に生涯に蓄積する可能性のあるマイクロプラスチック粒子の数を推定し、数万個と見積もっている(文献2)。

 ヒト組織中からマイクロプラスチックが見つかるかどうかを調べ始めた研究者もいる。2020年12月には、ある研究チームが6つの胎盤を調べた結果を初めて報告した(文献10)。研究者たちは薬品を使って胎盤組織を分解し、残ったものを調べたところ、4つの胎盤から12個のマイクロプラスチック粒子を発見した。アリゾナ州立大学(米国テンピー)の環境衛生工学者Rolf Haldenはこの研究について、これらの粒子が胎盤の回収時や分析時に混入したものである可能性を完全に否定することはできないとしながらも、試料の汚染を避けるために、研究者たちが分娩室にプラスチック製品を置かないようにしたことや、対照として同じ手順で採取したブランク試料に汚染がないことを示したことを高く評価している。Haldenは、「任意の粒子が実際に組織に由来するものであると疑問の余地なく証明することは、引き続き課題となります」と言う。



 Liによると、マイクロプラスチックへの曝露が気になる人は、それを減らすことができるという。台所用品に関する彼の研究から、プラスチックの放出量は温度に強く依存することが分かっている。だから彼は、プラスチック容器に入った食品を電子レンジで加熱するのをやめたのだ。彼のチームは、哺乳瓶の殺菌の際に溶け出すマイクロプラスチックの問題を軽減するには、殺菌済みの哺乳瓶を、プラスチック製以外のケトルで沸騰させてから冷ました水ですすぐことで、マイクロプラスチックを洗い流せばよいとしている。ガラス製の容器で調乳して冷ましてから哺乳瓶に入れ替えるという方法もある。研究チームは現在、マイクロプラスチックの分析のために、ボランティアとして赤ちゃんの尿や便の試料を提供してくれる親を募集している。


ナノプラスチックの問題

 Haldenは、最も懸念されるプラスチックは、組織や細胞の中に浸透してその場にとどまっていられるほど微小な粒子であり、環境試料の採取においてもっと注意を払うべきだと言う。ある研究(文献11)では、妊娠中のマウスに意図的に微小な粒子を吸入させたところ、その後、胎児のほとんど全ての臓器から粒子が検出された。「リスクの観点からは、本当に心配なのはそこであり、もっとデータが必要なところです」。

 一般に、粒子が細胞内に入るためには、直径が数百nm以下でなければならない。トゥールーズ第3ポール・サバティエ大学(フランス)の分析化学者であるAlexandra ter Halleは、「ナノプラスチックが正式に定義されたのは2018年のことで、フランスの科学者によって1µmを上限とすることが提案されました」と説明する。これは、大きめのマイクロプラスチック片のように水柱の中で浮いたり沈んだりすることなく、生物が摂取しやすい深さに分散し続けるような大きさである。

 しかし、ナノプラスチックについてはほとんど何も分かっていない。ナノプラスチックは目に見えず、すくい上げるわけにもいかない。科学者たちは、ナノプラスチックを測定することにさえ苦戦している状況なのだ。

 数µmまでのプラスチック粒子なら、光学顕微鏡や、光との相互作用の違いによって粒子を区別する分光光度計を使って、その長さや幅や化学組成を測定することができる。しかしそれより小さいものになると、プラスチック粒子を非プラスチック粒子(海洋の堆積物や生物の細胞など)と見分けることは困難になる。スイスの非営利研究団体「Sail and Explore Association」のナノマテリアル科学者であるRoman Lehnerは、「干し草の中の針を探しているのに、針が干し草のように見えてしまうのです」と言う。

 ter Halleらは2017年に、環境試料中にナノプラスチックが存在していることを初めて証明した(文献12)。大西洋で採取した海水からコロイド状の固形物を抽出し、直径1µm以上の粒子をフィルターで除去し、残渣を熱分解して、質量分析装置(分子を断片化し、その分子量ごとに検出する装置)を使って、残渣にプラスチックポリマーが含まれていたことを確認したのだ。

 けれどもそれでは、ナノプラスチックの正確な大きさや形状に関する情報は得られなかった。ter Halleは、航海中に採取した2個の劣化したプラスチック容器の表面を調べることで、そのヒントを得ることができた。彼女は、表面から数百µmまでのプラスチックが結晶化して脆くなっていることを明らかにした。彼女は、表面から剥がれ落ちたナノプラスチックについても同様ではないかと考えている(文献13)。現時点では環境中のナノプラスチックを採取することはできないため、実験室で研究を行っている科学者たちは、同様の粒子が得られることを期待して、自分でプラスチックを粉砕している。

 自家製のナノプラスチックを研究に用いることには、供試生物の体内にある粒子を追跡するためのタグを導入できるという利点がある。Lehnerらはナノサイズの蛍光プラスチック粒子を作製し、ヒトの腸上皮細胞から作製した組織の下に置いた(文献14)。細胞は粒子を吸収したが、細胞毒性の兆候は見られなかった。

 Lehnerは、生検などで採取された手付かずの組織片にプラスチック粒子がとどまっているのが見つかり、異常な影響を観察することができれば、マイクロプラスチックのリスクに関する決定的な証拠になるだろうと考えている。これは「証拠として非常に望ましい」とHaldenは言う。しかし、組織に到達するためには粒子は非常に小さくなければならず、これらを確実に検出するのは非常に難しいと両氏は考えている。

 全てのデータを収集するには多くの時間が必要だ。ter Halleは生態学者たちと協力して、自然界でのマイクロプラスチックの摂取量を定量した。昆虫や魚類の試料約800点に含まれる直径700µm以上の粒子のみを分析するだけでも数千時間を要したという。研究者たちは現在、25~700µmの粒子を調べている。「これは難しくて面倒な作業なので、結果が出るまでに長い時間がかかるでしょう」とter Halleは言う。「さらに小さい粒子を調べようとすると、労力は指数関数的に増加します」。


一刻を争う

 科学者たちは今のところ、環境中のマイクロプラスチックやナノプラスチックの濃度は、ヒトの健康に影響を及ぼすような高さではないと考えている。しかし、その数は増加していくだろう。1年間に新たに廃棄されるプラスチックの量は、密閉された埋め立て地で慎重に処分されるか、陸や海に投棄されるかを問わず、2016年には1億8800万tであったが、ある研究の予測によれば、2040年には2倍以上増えて3億8000万tになるという(文献15)。2020年9月にこの研究結果を発表した科学者たちは、その頃には廃棄されるプラスチックのうちの約1000万tが、マイクロプラスチックの形で環境中に入ることになると推定している。なお、この計算には、既存の廃棄物から絶えず放出されている粒子は含まれていない。



 この論文の筆頭著者であるピュー・チャリタブル・トラスト(Pew Charitable Trusts;米国ワシントンD.C.)のWinnie Lauは、プラスチックごみの一部を抑制することは可能だと言う。研究者たちは、再利用システムへの切り替え、代替材料の採用、プラスチックのリサイクルなど、プラスチック汚染を抑制する効果が証明されている全ての解決策を2020年に採用し、可能な限り速やかにその規模を拡大していけば、2040年には1年間に新たに出るプラスチックごみの量を1億4000万tにまで減らすことができるとしている。

 最大の効果が得られるのは使い捨てのプラスチックを減らすことだ。Gallowayは、「500年使えるものを作っても、20分しか使わないのでは意味がありません。それは持続可能性のないやり方です」と言う。


参考文献(略)

(第496話 完)