「疫学データはコーヒーが健康に良いと言うが、実は身体にとって水が良いからコーヒーが効くように見えるのである」と患者に話す医者がいます。つい先日のNHK番組「あさイチ」でも、そういう専門家の話がありました(詳しくは → こちら)。この番組でコーヒーの話はありませんでしたが、人体の水の量とコーヒーから摂る水の量の関係を図1に描いてみます。



 コーヒーと健康の疫学研究の最初の成果は、2002年にランセット誌に載った「コーヒーと2型糖尿病(T2D)の関係」という論文です(詳しくは → こちら)。これはオランダ国立研究所の研究員だったR.ファンダムが書いた論文で、彼はその後ハーバード大学の教授になりました。この論文のインパクトの大きさを想像できるというものです。しかし、この論文には「水が効いている」というような文章は見当たりません。果たしてどうなっているのでしょうか?その疑問を解かないと、コーヒーと健康の話は嘘ということになりかねないのです。以下に論文が発表された年代順に解説します。


●水と甘味飲料とコーヒーの選び方次第で2型糖尿病(T2D)になるリスクが変わる(詳しくは → こちら)。

 「糖尿病に砂糖は禁物」とは誰でも知っている格言のようなものです。しかし、喉が渇いたときに砂糖で甘味をつけた甘味料は、あればついつい飲んでしまう魅惑的な飲み物です。砂糖を加えないフルーツジュースなら良いだろう・・・とは思いきや、これは砂糖に次いで危険な飲み物に分類されるいるのです。100%天然のジュースは安全ということもありません。何故なら天然の甘味のほとんどが砂糖の仲間だからです。砂糖甘味料に替えてただの水を飲む、フルーツジュースに替えてただの水を飲む・・・そういう生活習慣がT2Dを予防する方法なのです。水では物足りないという人にとっては、牛乳(ミルク)やお茶(ティー)、あるいは最善の飲み物としてコーヒーにしてみるという選択肢が揃っています。図2を見ると、コーヒーが一番優れていることが解ります。



 図2から言えることは、砂糖甘味料やフルーツジュースに替えて、水またはコーヒーを飲むようになると、T2Dになるリスクが下がることです。更にその場合、水よりもコーヒーの方がずっと効率がよいということです。つまり、ただの水よりもコーヒーの方が、T2Dリスクの軽減には役に立つと言えるのです。2%しか入っていないコーヒーに独特の関与成分が効いているし、更にミルクを足せばもっと良くなる可能性があるのです。


●動物実験で水とコーヒーとデカフェコーヒーの効果を比べてみると(詳しくは → こちら)。

 コーヒーが糖尿病を予防するのが本当かどうか、マウスを糖尿病にする薬物STZ(ストレプトゾトシン)を使って実験しました。図3のAは実験の日程です。マウスを15匹ずつ3群に分けて、それぞれ水、デカフェコーヒー、またはレギュラー(カフェイン入り)コーヒーを強制的に飲ませながら10日間飼育しました。



 飼育10日目(グラフの0日)に、毒性量のSTZを1回だけ注射して、その後12日まで飼育を続けました。その間2日置きに血清グルコース濃度を測定し(図3B)、飼育最終日に血清インスリン濃度(図3C)と、膵臓のインスリン濃度(図3D)を測定しました。図3Bでは、3群ともSTZ投与後に血糖値が上がっていますが、レギュラーコーヒーでの上がり方が最も緩やかなことが解りました。つまり、コーヒーには血糖値の上昇を抑える作用があって、デカフェではカフェイン以外の成分が、レギュラーではカフェインとそれ以外の成分が共に関与していることが解りました。

 図3のCとDを比べると、どちらのコーヒーでもインスリンが増えているのですが、血清と膵臓で様子が違っています。何故違うのかその理由は分かりませんが、デカフェでもレギュラーでも、糖尿病発症を水より強く予防することが解ったのです。尚、疫学研究ではデカフェコーヒーもレギュラーと同じくT2Dリスクを下げることが解っています。


●水を多く飲むと非アルコール性脂肪肝(NAFLD)に罹るリスクが下がる(詳しくは → こちら)。

 疫学研究では、毎日のコーヒーは、NAFLD発症リスクを減らすというよりも、NAFLDに罹った人の病態が線維化して悪化するリスクを、オッズ比0.6まで下げています(詳しくは → こちら)。ですから、コーヒーだけで十分な水分を摂ることは難しいので、お茶を飲むなりただの水を飲むことで1日の水分量を確保することが大事といえます。図4は、1日に飲む水の量とNAFLDを発症するリスクの関係です。残念ながら女性では効き目がありませんが、男性なら水が有効と言えるようです。



●水を多く飲むと慢性腎臓病(CKD)に罹るリスクが下がる(詳しくは → こちら)。

 腎臓の働きは年齢と共に弱くなります。高齢化社会では、腎臓の寿命よりも人の寿命の方が長くなってしまいます。そのため弱った腎臓の働きを人工透析で補わなければならなくなるのです。そうなると患者の不運というだけでなく、社会にとっても不幸なことです。腎臓機能の低下を防ぐ特効薬はまだありません。そこで腎臓に良い生活習慣が必要になるのです。

 図5をご覧ください。1日に飲む水の量が多いほどCKDの進行が遅くなるというデータです。調査した4633人のうち377人がCKDと診断されました。そこで毎日飲んでいる水の量で全体を3つのグループに層別しました。そしてそれぞれの群で発症したCKD患者の割合を比較したのです。同じく、尿中にアルブミンが検出されるアルブミン尿症の割合も比較しました。1日に飲む水の量が増えるほどCKDだけでなくアルブミン尿症の発症率も下がることが解ったのです。



 図5から分かるもう1つ大切なことがあります。飲む水の量が少ない人の発症率が全体の発症率を超えていることです。これを相対リスクに換算するとCKDで1.35、アルブミン尿症では1.42にもなるのです。つまり、水を飲まないということが病気の発症リスクを高めています。更に言えば、水は体内で出来る有害物質を尿に排泄するので、その水が不足するということは、有害物質が体内に溜まってしまうことを意味しています。

 では、コーヒーの効き目と水の効き目を比べてみます。コーヒーとCKDの関係を調べたメタ解析論文が多数発表されているのですが、一貫したデータにはなっていません。コーヒーが腎機能を悪化させるとのデータはありませんが、「良くする」というデータと「変わらない」というデータが同じくらい混ざっているのです。「女性は良くなる」とか「糖尿病患者には良い」という論文もあります。状況は複雑で、水とコーヒーの比較はできません。


●水を多く飲むと2型糖尿病(T2D)に罹るリスクが減る(詳しくは → こちら)。

 冒頭に書いたファン・ダムの論文発表があって、その後コーヒーとT2Dリスクに関する論文が多数発表されました。ほぼ例外なく「コーヒーを飲んでいる群の発症リスクは低い」というデータが出ていますから、最早この関係を否定する専門家はほとんどいなくなりました。そこで、信頼できるメタ解析論文から「コーヒーとT2Dのデータ」を引用して、水のデータと比較してみます。図6をご覧ください。



 コーヒーの効き目には性差があって、T2Dリスクの軽減に関しては女性は男性より強く表れます。この図は男女込みのデータで、筆者が最善と考えている1日3∼4杯のコーヒーなら、T2Dリスクは80%以下に軽減されます。それに対して、毎日水を多目に飲んでいる人のデータはずっと弱い効き目、図の右側にある0.95の相対リスクを示しています。従って、水を多目に摂って健康を維持したいと思うなら、ただの水だけでなくコーヒーも飲んだほうが良いということになるのです。


●水を多く飲むと全死亡リスクが下がる(詳しくは → こちら)。

 コーヒーと健康の疫学データによれば、コーヒーを1日に3∼4杯飲んでいる群の全死亡リスクは飲まない群より低値を示しますが、より多く飲む群ではリスクが上昇するという、いわゆるU字型のカーブになります。世界各地で似たデータが出ているので、この傾向は人種、文化、食べ物、風習などによらず、人類共通の財産と言えるものなのです。日本人データも例外ではありません。

 国立がん研究センターによれば、1日3∼4杯の全死亡リスクはほとんど飲まない群の0.76で、そうなる理由として死因別の死亡リスクがまとめられています(詳しくは → こちら)。三大死因病の心疾患による死亡リスクは0.64、脳血管疾患では0.57、呼吸器疾患では0.60ということで、それらの総和が全死亡リスクになっているのです。

 図7は、1日に摂取する水の総量と全死亡リスクの関係です。総量とは、水道水などの飲料水、お茶やジュースなど水以外の飲料、および食べ物に含まれている水の総和を意味しています。論文にはそれらを別々に集計したデータもグラフになっていますが、複雑なのでここでは省略しました。

 図7に、コーヒー3∼4杯の全死亡リスク0.64のラインを引いて、水の赤い曲線との交点を求めました。すると、コーヒー3∼4杯(500∼600mL)は水6750mLのリスク低下に相当することが解ります。また、水の赤い曲線が1.00となる点の水分総量は、水を多く飲む人の範囲(青色の透かし部分)に含まれています。これらをまとめると、水よりもコーヒーを飲む方がずっと効率的に全死亡リスクを下げることができるのです。コーヒー3∼4杯では不足している水分は、他の水で補うことになります。



 また別の疫学研究によれば、毎日飲む嗜好飲料をコーヒーだけに限ることなく、お茶も合わせて飲む方が効果的となっていますが、それには水分総量を増やす意味も含まれていると考えられます。


【復習:糖尿病合併症ってどんな病気?】


 糖尿病合併症とは、俗っぽく言えば体中が砂糖漬けになっているので、その大量のエネルギー源を処理するメカニズムが破綻して発症する病気です。多くの場合に、身体のどこに何時どんな症状が出るか予測することは困難で、「これってもしかしたら合併症?」と気になって検査して初めて発覚するのです。ですから治療に手間がかかっても治り難く、運が悪ければ腎臓機能低下で血液透析に入ったり、重い心臓病で亡くなったりするし、あるいは下肢切断という荒っぽい治療を余儀なくされることもあるのです。糖尿病合併症は大きく2つに分けられます。太い血管に起こる病気と細い血管に起こる病気です。図8は国立国際医療センター・糖尿病情報センターのHPからの引用で、教科書的な内容になっています(詳しくは → こちら)。最近のデータを追加するとアルツハイマー病を見逃せません。冒頭に書いた「あさイチ」でも触れていましたが、ある調査によればそのリスクはそうでない人の7倍にもなるのです。糖尿病(T2D)は治療より予防が大切な代表的病気です。


●T2D患者が甘味飲料の替りにコーヒーや水を飲めば合併症としての心血管病と死亡リスクが下がる(詳しくは → こちら)。

 糖尿病が悪化する最大の原因は甘いものの食べ過ぎです。「甘いものを食べなければ良いのだ!」と患者を叱るお医者さんが多いのですが、患者の本音は「分かっていても止められない」のだそうです。そこでこの論文では、糖尿病に罹ってしまった人を対象に、毎日の飲み物としてコーヒーの他に、甘味飲料、ティー(緑茶や紅茶など)、水の4つについて、心血管病との関係を調べました。心血管病(CVD)はT2Dの大血管合併症の1つで、死亡率を高めます。図9に、この論文の要約、研究手法、調査人数、比較項目、および結果をまとめてあります。



 図9の下段を見てください。各飲料と全死亡率、心血管病罹患率、心血管病死亡率との関係を調べました。甘味飲料(赤色)は論外で、どの項目も1より大きなリスクになっていました。しかし、甘味飲料を止めてコーヒー、ティー、またはただの水に替えて水分を摂っていると、どの項目のリスクも1より小さくなるのです。ここでコーヒーは心血管病罹患率の低下に、水は心血管病死亡率の低下に寄与していました。ティーはその中間でした。この視点を根拠にして、要約が書いてあります。


【まとめ】

 「糖尿病の病名を変えて欲しい」。日本糖尿病協会の患者アンケート調査で要望を受けて、同協会は名称変更の方針を固めました。「食事中に糖尿病という言葉が出ると雰囲気が壊れる」というのが主な理由で、「尿」という排泄用語に抵抗があるのだそうです。同じことが薬の名称についても言われていて、製薬会社は薬の名前に尿を意味する「ウロ」の接頭語を絶対に使わないのだそうです。筆者が思うには、名称を変える努力よりも、生活習慣を変える努力の方がよっぽど大事です。

 2002年に発表された「コーヒーがT2Dリスクを下げる」とのランセット誌の論文は世界中で注目され、コーヒー研究に火がつきました。それと同時に「水が効いているのではないか?」との疑問について、今回解説したような研究が行われてきました。その結果をまとめると、

●水の効き目はコーヒーより弱いので、コーヒーの飲み過ぎに気をつけながら1日3∼4杯までとし、効き目が不足する分は水で補うのも良いが、お茶を飲めば更なる効果を期待できます。

(第500話 完)