第500話で、糖尿病になってもコーヒーを飲んでいると心血管病に罹ったり、心血管病で死ぬリスクが減ると書きました。コーヒーは糖尿病を予防するだけでなく、仮に糖尿病になったとしても、更なる病気の進行や合併症の発症を遅らせてくれるのです。その理由として、多くの研究者が声を揃えて言っているのは「コーヒーには強い抗酸化・抗炎症作用がある」ということです。
●糖尿病合併症を予防するコーヒーの抗酸化・抗炎症成分は複数ある(詳しくは → こちら )。
良きにつけ悪しきにつけ、コーヒーの効き目はカフェインの効き目と考えられてきたし、今でもカフェインはコーヒーの代名詞のような存在です。しかし、ネスレ社が作っているデカフェコーヒーにカフェインは入っていません。それでも適量のデカフェコーヒーが糖尿病を予防する効き目は、カフェイン入りコーヒーと同じです(詳しくは → こちら)。この論文によれば、デカフェコーヒーの糖尿病予防効果はカフェイン入りとほぼ同じなのに、デカフェのお茶には効果がないとのことです。そこで考えられることは、コーヒーの「カフェイン以外の成分が糖尿病予防に寄与している」ということです。
●最も期待できる抗酸化・抗炎症成分はクロロゲン酸(CGAs)である(詳しくは → こちら )。
CGAsは複数のフェノール酸をまとめた総称です。コーヒー生豆に多く含まれているのは3-と5-カフェオイルキナ酸(図1)で、その他にも6種類があります。
フェノール酸は、生活習慣病や加齢性疾患を予防または改善する食事成分です。中でもCGAsは野菜と果物に広く分布している化合物で、健康に役立つ代表的なフェノール酸です。CGAsを最も多く含んでいる植物はコーヒー生豆で、コーヒーを好きになれば、簡単に摂取できるという特徴があります。CGAsそのものは胃腸管からの吸収率が低い(6%程度)のですが、図2に示すように、食べれば腸内菌の作用でカフェ酸とキナ酸に分解されます。そしてフェノール酸であるカフェ酸の吸収率は高く、コーヒーを飲んだ後の血中から高濃度で検出されます。更にカフェ酸は肝臓でフェルラ酸に変わりますが、これもフェノール酸の1つとして盛んに研究されています。
このように、CGAsが示す抗酸化・抗炎症作用は、実はカフェ酸とフェルラ酸という2つのフェノール酸によるものなのです。フェノール酸はよく言われるポリフェノールの1種でもあります。コーヒーのフェノール酸が、緑茶のポリフェノールと異なる点は、より酸性が強いため、水に良く溶けることです。水に良く溶けるということは、吸収率を高める要素なので、健康に役立つためには欠かせない特性なのです。
健康に良いコーヒーを選ぶときに大切なことは、「焙煎すればするほどCGAsは分解して亡くなってしまう」ということです。生豆に一番多く含まれていますが、生豆は生臭くて美味しくありません。深く煎ったコーヒーの味と香りと琥珀色が3つとも揃ってこそコーヒーの魅力なのです。ですから、浅く煎った豆と深く煎った豆を程よく混ぜ合わせた希太郎ブレンド®が健康にとって最善のコーヒーということになるのです。
●フェノール酸の抗酸化・抗炎症作用
コーヒーのフェノール酸はまず第1に腸内菌の成長を促進します。そして腸以外の臓器の恒常性に影響を及ぼしています。更に吸収されると活性酸素を消去し、糖質と脂質の代謝を調節し、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-2、IFN-γなど)の産生を抑制し、抗炎症性の転写因子(Nrf-2)を活性化し、逆に炎症性の転写因子(NF-κB)を抑制します。これらの薬理作用の総和として、CGAsの多いコーヒーを飲むことで、糖尿病を予防するだけでなく、図3に示す糖尿病の合併症、糖尿病性網膜症、同腎症、更に脳梗塞や心臓病などの太い血管障害を予防して、最終的に死亡リスクを引き下げます(詳しくは → こちら )。以上は総論ですが、以下に合併症別に現在までに分かっているコーヒーの効き目を説明します。
●コーヒーで発症リスクが下がる糖尿病合併症
【1.糖尿病性網膜症】
60歳までに失明する原因の第1位は糖尿病性網膜症です。高い血糖値に曝された網膜が、発症の初期に非増殖性網膜症(図4左:単純網膜症とも呼ばれる)となり、毛細血管の透過性が高まって,毛細血管瘤(動脈瘤)を作り、滲出液を蓄積し、出血を起こし、結果として網膜が厚くなります。さらに進行すると増殖性網膜症となり、異常な血管を何本も作って、それが硝子体内に伸びると網膜剥離を引き起こして視力障害が進行し、遂には失明するのです。
糖尿病になったとしてもコーヒーを飲んでいると、網膜が厚くなり難くなるということです(詳しくは→こちら)。糖尿病患者の観察研究では、コーヒーを飲んでいると網膜症に罹るリスクが0.78まで下がることも確認されています(詳しくは→ こちら )。更に年齢別に見ると、65歳を境にしてコーヒーのリスク軽減効果がなくなってしまうとのことです(詳しくは → こちら )。ですから、糖尿病に罹ったら迷わず毎日コーヒーを飲んで、失明を防ぐことが大事です。
【2.腎機能の保護】
健康診断で測定する腎機能の検査値として、推定糸球体ろ過量eGFRが使われています(図6)。eGFRは実測できる血清クレアチニン(Cr)の数値を使って、1分間の糸球体流量を体表面積で換算して求める半経験的な数値です。最近は健康診断の検査値票に書かれるようになりましたが、病院によっては血清Crだけが書いてある場合もあります。そんなときは、ネットで計算すれば簡単に答えが出てきます。必要な入力項目は、血清Cr値、身長、体重、年齢、性別です(例えば → こちら)。
表1は、半経験式に基いて血清Crと年齢から算出したeGFRの早見表です。縦軸に血清Cr、横軸には5年ごとの推定eGFR値が書いてあります。一見して分るように、eGFRは年を取ると下がる傾向を示しています。つまり、腎機能は年と共に悪くなるということです。最上段は白、そこから下に向かって腎機能が低下して、青、黄、ベージュ、さらに下がると赤(この表では省略)の範囲に分けてあります。筆者の数値は赤い矢印の位置(4月末)ですが、以前はもっと上でしたし、今年1月頃に経験した薬物中毒のときには青色のG2に下がっていました。運よく薬の量を減らして現在の位置に戻ったので、このまま推移すればあと数年で70を割り込むものの、それでもG1レベルに留まっていられそうです。筆者がコーヒーを飲む理由はここにもあるのです。
では、コーヒーを飲むことで腎機能はどれ程の影響を受けるでしょうか?コーヒーのカフェインが尿量を増やすので、素人目にも何らかの影響が出て良さそうです。この効果にフェノール酸の抗酸化・抗炎症効果が加われば、より確かな効き目になりそうです。疫学研究で有名なロッテルダム・スタディーでは、若くて健康な人がコーヒーを飲んでも影響はありませんが、それでも70才を過ぎるとコーヒーを飲んでいる人のeGFRは高く維持されているとのことです(詳しくは→ こちら)。ではでは、糖尿病患者の場合はどうかと言いますと、1日に1杯を飲む人のeGFRが60以下に下がるリスクは77%で、2杯以上なら75%に減るそうです。つまり糖尿病に罹ったら迷わず1日1杯のコーヒーを飲むことが元気で長生きのコツということです(詳しくは → こちら)。本当でしょうか?
糖尿病患者の寿命と尿中排泄成分の関係を調べた研究では、K(カリウム)の排泄量が少ない患者の全死亡リスクは、排泄量の多い患者に比べて2.09倍に高まることが解っていました。K排泄量は摂取量に等しいので、糖尿病に罹っていても毎日の食べ物次第で、腎機能の良し悪しが決まりそうです。そこで実際に調べてみたら、eGFRの低い患者(腎不全にはなっていない)では、果物と野菜(CGAsも多い)、乳製品、ジャガイモ(CGAsも多い)、およびコーヒー(CGAsも多い)の消費量が統計的有意に少なかったこと(どれもp<0.05)が判ったのです(詳しくは → こちら)。ただし、ここで指摘された食品4つのうち3つでは、フェノール酸の原料となるCGAsの量も多いので、Kと共にCGAsが腎機能保護に役立っていると思われます。
ここで注意すべきは、K不足を心配してサプリメントに頼り過ぎますと、摂り過ぎの副作用(高カリウム血症)になることがあるということです。糖尿病になったら「まず第一に食事療法である」と肝に銘じることが大切です。
(第502話 つづく)