水出しコーヒーが美味しいという話は昔からありました。筆者が水出しコーヒーを初めて飲んだのは軽井沢駅近くのカフェでした。その時の感想は「こんな苦いコーヒーは初めてだし飲めない」ということで、砂糖を放り込んだのですが、半分も飲まずに置いてきてしまいました。今思うには、豆が悪かったということです。

 そんな水出しコーヒーが美味しいと思った切っ掛けは、家で普通に淹れたコーヒーに氷を入れて飲んだとき、ホットより美味しい(当たり前かも・・・)と思った夏の日のことでした。それから大分経ったこの夏のはじめ、Facebook友達の大地耕作さんが「水で淹れたコーヒーは旨い」と書いていた投稿に注目しました。やっぱりそうなんだ。スペシャルティーコーヒーを水で抽出すれば美味しく仕上がるんだ・・・がその時の感想でした。しかし、どうしてそうなっているのかについて確かな根拠は見当たらないのです。ところが、論文が出たのです。


●抽出される成分が全然違う!(詳しくは → こちら)。

 この実験はフレンチプレスで試されたものですが、抽出理論が難し過ぎてよく分かりません(日本で日常馴染んでいる秤量の単位に換算しにくい)。なので論文の結論の一部だけを紹介します。


【1.道具】


【2.一定温度での抽出率】

 実に多くの実験を試みているのですが、数ヶ所のみ抜き取って分かり易く説明します。大きく分けて、低温抽出(水出し)と熱水抽出に分けてあります。熱水抽出は、スペシャルティーコーヒー協会の基準に従って淹れたものだそうで、80~90℃程度の湯でドリップするのとほぼ同じと考えられます。一方、水出しの方は温度を4℃、17℃、30℃の3つに分けて実験しました(表1を参照)。そして、各温度ごとに粒子の大きさ、抽出時間、および水の量を色々変えて実験してあります。



 表1は、各温度ごとに抽出率が最大、となった実験条件を整理したものです。例えば実験1では水温4℃に定め、水の量は10gの豆に対して62.5mL、粒子サイズを0.25㎜とし、更に抽出時間は7時間でのデータです。この条件で実験したとき、抽出液に溶けていた固形物(水を蒸発させたときの残留物)の量は1.53%(豆重量に対する割合)だったということです。

 表1の結果から、固形物3.57%が回収された実験3の抽出効率が最大であったことになります。この結果は、「温度を上げれば溶解度が高くなる(より多くの量が溶けてくる)」ということなので、当たり前と言えば当たり前の結果です。しかし、そう単純に当たり前では片づかない結果が見えてきたのです。


【3.抽出された成分】

 この論文を読んで一番驚いたことは、水出しコーヒーのカフェイン含有量が、同じコーヒー豆を熱水で抽出するよりもずっと多いことです。もしかしたらとんでもないミスを犯しているのではないかとさえ思えるデータなのです(表2を参照)。もしこのデータ(水出しカフェイン≒1.5倍熱水カフェイン)が本当であれば、水出しコーヒーの飲み過ぎは、世界的にほぼ標準化されている「適正な1日コーヒー3~4杯のカフェインの量は300~400㎎である」という範囲を超えてしまうかも知れません。



 もっともな話として、水出しのカフェインが1.5倍なら、3杯を2杯に減らせばよいだけで、健康珈琲としては経済的である」と言えるのかどうか、同じ論文からデータを引用します。まず第1に、抗酸化作用の指標になりそうな数値です。これには3つあって、1つは有機ラジカル消去作用、次に鉄イオン還元作用、そして3つ目に酸素ラジカル消去作用です。どれもがフェノール性化合物の含有量を表わすとされていますが、差が見られたのは3つ目の酸素ラジカルを消す効果で、水出しが熱水より約1.5倍強いことが解りました。大雑把に予測すると、コーヒーに独特のポリフェノールは、カフェインと同じように水出しに多いということです。本当でしょうか?もし本当なら、これも更なる検証を要する新発見と言えそうです。

 では次に、香気成分(アロマ)に見られる両者の差について引用します。表3をご覧ください。化合物名の日本語表記はしてありません(ご免なさい)が、いずれもコーヒーのアロマとして特徴づけられるメイラード反応産物のピロール、フラン、ピラジン類です。中でもピラジン類は種類も多く、コーヒーの産地、焙煎度などの影響を強く受けるとされています。



 一見して分ることは、水出しに入っていても熱水にはないというアロマが多いということです。例えば、上から5番目の2,5-ジメチルピラジンは、その体内代謝物が高脂血症治療薬になっているほどで、ニコチン酸の受容体作用を示します。その他この表の全てのアロマがメチル基(methyl-)を持っていて、飲めば肝臓で酸化されて、例外なくニコチン酸受容体GPR109Aに結合します。つまり健康珈琲にとって極めて重要なアロマなのです。

 筆者の実験によれば、水出しとの量の差は分かりませんが、大なり小なり熱水コーヒーにも含まれていました。この表にND(検出されず)と書かれているのは、量が非常に少ないという意味、および抽出時間が長いために揮発して減ってしまったということなのかも知れません(多分そうだと思います)。


【まとめ】以上のように、水出しコーヒーの成分特性は、カフェインとポリフェノールが多いこと、および時間をかけた熱水コーヒーに比べると香気成分が多いことが指摘されます。そして健康珈琲としては通常の(疫学データのある)熱水コーヒーに勝るとも劣らない性能を持っているとも考えられます。感応試験については、その方面の有識者にお任せ致しますので、どうぞ早めに結論を示してください。有望であることはほぼ間違いありません。

(第506話 完)