有害な体内物質は腎臓を通って尿にろ過されて排泄されます。腎臓のろ過機能は年齢とともに低下するので、年を取るほど有害物質が体内に溜まってしまいます。更に不幸なことに、低下した腎機能を回復させる妙薬はありません。ですから、若いうちから腎機能が低下しないような生活習慣が大事です。ということは解っているのですが、誰にでも簡単にできる良い方法がありません。

 腎臓の働き具合は推定糸球体ろ過量(eGFR)という検査値で表わします(式1を参照)。年齢とともに低下するeGFRが60以下になると要注意の慢性腎臓病(CKD)、15まで下がると透析治療が必要となる末期CKDになってしまいます。一般に、eGFRは年齢、性別、体重、身長および血清クレアチニン値(S-Cr)から計算して検査票に書かれますが、書いてなければネットの計算式に入力すれば簡単に答えが得られます。ここでは入力手数が最も簡単なホームページを紹介します(詳しくは → こちら)。


●水分摂取量が多いほど慢性腎臓病(CKD)の進行は遅くなる(詳しくは → こちら)。

 血液中の不要な成分は水と共に腎臓でろ過されるので、十分な量の水がなければ上手く行きません。もし検査でeGFRが低く出たら、先ずは尿がきちんと出ているかどうか思い出してください。そして尿が出ているのにろ過機能が下がっていれば、それは腎臓が弱ってきているということなのです。この論文は水摂取量とCKDの関係を調べたもので、ありそうで少ない貴重なデータです。調査結果を図1に示します。



 調査した4633人のうち377人がCKD(eGFR<60)と診断されました。毎日飲んでいる水の量で全員を3つのグループに層別しました。そして群ごとにCKD患者とアルブミン尿症の患者の割合を見て見ると、1日に飲む水の量が増えるほど、どちらの発症率も下がっていることが解ったのです。

 では、コーヒーと水を比べてみます。コーヒーとCKDの関係を調べたメタ解析論文が幾つか発表されています。コーヒーが腎機能を悪くするという論文はありませんが、「良くする」と「変わらない」が同じくらい混ざっています。ですから毎日コーヒーを飲むということは、「水を多く飲む代わりにその一部をコーヒーで飲む」ことだと思って実行して、それで腎臓を護れるならこんな嬉しい話はありません。それでは数ある論文の中から信頼できそうな原著論文とメタ解析論文を選んで紹介します。


●毎日飲むコーヒーを1杯増すごとに、CKD発症リスクが3%ずつ減る(詳しくは → こちら)。

 2019年、米国ジョーンズ・ホプキンス大学の論文が米国腎臓病学会誌に掲載されて評判になりました。毎日3杯を飲めば、CKD(eGFR<60)を発症するリスクが9%も減るというのです。腎機能低下と加齢が競い合って、長生きしてもギリギリ・セーフとなる確率が高まります。



●eGFRが60以下になってアルブミン尿が出ていても、カフェイン入りコーヒーで死亡率が下がる(詳しくは → こちら)。

 同じく2019年の論文で、ポルトガルのポルト大学の論文です。研究対象になったCKD患者は4,863人で、eGFRが60~15で、かつアルブミン尿が出ていました。ですからそのまま放置すれば間もなく透析導入となる患者も含まれていました。これらの患者を、コーヒーから摂っているカフェインの1日摂取量で4段階に層別して、そして各層の10年間の死亡率を比較したのです。結果を図3にまとめます。



 カフェインを摂っていない群では、10年(120ヶ月)で40%の人が死亡しているのに対して、カフェインを摂っている群の死亡率は30%でした。不思議なことに、「カフェインあり群」を3つの亜群に層別しても明確な差は見られませんでした。薬理学的には1杯より2杯の方が効きそうに思えるのですが、この点については次の論文も参照して下さい。


●コーヒーとCKDのメタ解析(詳しくは → こちら)。

 2021年に、日本を含めた欧州と中近東8研究機関が発表したメタ解析論文で、総計50万人を超える12編の原著論文が解析対象になりました。結果は、毎日2杯以上のコーヒーを飲んでいる群のeGFRが60を下回る相対リスクは、1杯以下の群の0.86まで低下し、更に続けて飲んでいると末期CKD(eGFR<15)になるリスクが0.82まで下がり、腎臓病で死亡するリスクは0.72に減るのだそうです。論文著者によれば、これらの数値は用量依存的なので、コーヒーの薬理学的作用の表れと考えられるそうです。


●腎臓病予防の啓発運動

 今でこそ年を取ると誰もが罹る慢性腎臓病(CKD)ですが、平均寿命が短かった時代には、そうではありませんでした。人生僅か50年と歌った信長の時代から、第二次大戦が終わる昭和20年まで、日本人の平均寿命は50歳程度で同じ水準でした。ですから死因病は感染症以外では、心筋梗塞と脳卒中で、今なら生活習慣の改善で予防できる病気でした。昭和時代の後半から慢性腎臓病が社会問題化した理由は、「平均寿命が格段に延びて百寿時代が目前に迫ったから」なのです。言い換えれば、ヒトの寿命は伸びたのですが、腎臓の寿命はそれほど伸びていないのです。しかもCKDを治療できる薬はないし、生活習慣の改善にも大きな効き目は期待できません。

 そこでCKDは治すより予防することが大事で、厚労省のホームページにも一般向けの啓発ツールが詳しく書いてあるのです(詳しくは → こちら)。その内容は、健康診断でのeGFRとタンパク尿に注目して、毎年の変化を記録しておこうというものです(図4)。



 TVの健康番組でも啓発番組が盛んに放送されています。特にNHK健康チャンネルは、放映を見逃しても、内容をネットで読むことができます(詳しくは → こちら)。


【まとめ】ここ10年のPubMed検索で、心臓病には及びませんが「コーヒーと腎臓病の疫学研究」が増えています。コーヒーの抗酸化成分による抗炎症作用がCKD発症を予防している可能性があるのです。疫学研究の焦点は「CKDが60以下になった人が毎日コーヒーを飲んでいるとどうなるか?」に絞られてきました。直近の総説論文の結論は、「CKD発症リスクが高い70歳以上の人と肥満度が高い人ほど、毎日コーヒーを飲む習慣がeGFRを高く維持する」となっています(詳しくは → こちら)。同様の傾向が2型糖尿病患者にも見られますし、効果は小さいですが元喫煙者にも観察されました。 CKD高リスクグループにおけるコーヒーの効き目が、そう遠くない時期に臨床応用されるかも知れません。

(第508話 完)