Nature誌の8月10日号に、大手製薬会社ノボ・ノルディスク社が新たな肥満症治療薬セマグルチド(商品名:ウィゴビー)に、肥満患者の重症心臓発作を20%予防する効果があるとプレス・リリースしたそうです(詳しくは → こちら)。
日本では去る3月に承認されたばかりの肥満症治療薬セマグルチドですが、本来は2型糖尿病治療薬(GLP-1受容体作動薬でインスリンが増える)として開発されたものです。それが投与量を増すことで体重減少効果を示すことが見つかって、急遽肥満症に適応拡大されたのです(NHK解説は → こちら)。その後も臨床試験を続けた結果、今回は重度の肥満患者の心臓発作を予防する効果が見つかったとのこと。米国NY市内では、ノボ社の広告が人目を引いているそうです(写真)。
●ダイエットに成功することは若い人の夢;Successful dieting is the dream of young people❣
この短い文章でネット検索してみると、日本語では美容クリニックとサプリメントの広告記事ばかりがヒットしてきます。片や英語で検索してみると、エジンバラ大学やヘルシンキ大学の学術論文と大学発の関連ニュースや、米国TED社が制作している各界有識者の講演Youtube(日本語字幕つき図1は → こちら)が上位でヒットします。この彼我の差は文化の成熟度の違いだろうと思ってしまいました。
●夢を見る目を目隠しすることは出来ません。
Youtubeで「ダイエットは何故成功しないのか」と訴えるサンドラ・アーマッドは、ダイエットに夢中になっていた若い頃の写真を見て、「この人にはダイエットなんかよりファッション・アドバイズの方が役に立ったろう」と述懐しています。若い人ほど体重の増加に気を使います。若い人は美と若さ(つまり美容と健康)を両方とも実現するために、太っては駄目だと思っているのです。夢に終わるかも知れない話でも、「夢を見る目を目隠しすることは誰にも出来ない」のです。ここでお断りしておきますが、年を取ってからのダイエットにはリスクがあります。高齢者は標準体重の範囲内で少しだけ太っている方が健康で長生きするという日本人データが揃っています(詳しくは → こちら)。
話を戻しましょう。若い人が見る夢の弱みに付けこむ商売が色々あります。多くの若者にとっては無駄に終わってしまう「痩せられる方法」があちこちに転がっているのです。コーヒーも飲み方を間違えればそういう方法の1つになってしまいます。
●日本のコーヒーダイエットは情報不足
日本語のネットに出てくる「コーヒーでダイエット情報」は、その大元を辿ると全日本コーヒー協会のホームページに行き着きます(詳しくは → こちら)。
ここには、ダイエットに関するコーヒーの主な作用が4つにまとめて書いてあります。脂肪燃焼、脂肪の代謝、ストレス解消、便秘解消の4つです。しかし、「体重減少」については何処にも書いてありません。砂糖やミルクを加えないこと、きちんとした食事を摂ること(発育障害を避けるため)、運動を欠かさないこと、それらを総合的に実行すればダイエットの可能性があると書いてあるのですが、実効のある「コーヒーでダイエット」には程遠いと言わざるを得ません。同じホームページに実験データのグラフが載っていますが、これらは全部マウスのものでヒトでの研究ではないからです。
一方、英語圏を“dieting with coffee”で検索してみると、先ず出てくるのがハーバード大学の健康ページです(詳しくは → こちら)。日本語では商業団体がヒットするのに対して、英語圏では医科大学が出てくるのです。この差の原因は、「日本のアカデミアは社会に情報発信していない」ということではないでしょうか?残念ながらそれが現実なのです。
●コーヒーダイエットの根拠となる論文の紹介
今世紀に入って間もない頃、毎日コーヒーを飲んでいると2型糖尿病に罹るリスクが下がると報告されました。論文が載った学術誌が、臨床医学のトップジャーナルのランセットだったので、情報は瞬く間に広まって、筆者の耳にも入ってきました。専門家の間では、「コーヒーで糖尿病に罹り難くなるのは食欲が落ちて体重が減るから」との意見がありましたが、疫学研究のデータを詳しく解析した結果、2006年になって、糖尿病のリスク低下は体重が減少した参加者に限られることが判明したのです(詳しくは → こちら)。
それから世界各地の数多くの疫学研究で「コーヒーと肥満と糖尿病の関係」が研究されて、2016年に総説論文が発表されました。それによると、カフェインを含むレギュラーコーヒーを1日に3∼4杯飲んでいると、2型糖尿病に罹りにくいことに間違いはないようですが、コーヒーが肥満に及ぼす影響については明らかにされていません(詳しくは → こちら)。
更に、2017年の総説論文によれば、コーヒーを飲んだ後のエネルギー摂取量や食欲への影響は殆どないが、カフェインを飲んだ場合には、エネルギー摂取が減少する傾向が見られました(詳しくは → こちら)。
コーヒーと体重との関係が論文で発表されたのは今年4月の臨床栄養学雑誌(Clin Nutr)です。コーヒーが体脂肪量を減らすことを、メタボリックシンドロームの被験者1483人の3年間の追跡調査で得た答えです。コーヒーの摂取量は自己申告で集計し、X線回折像で測定した体脂肪量との関係を解析した結果が発表されました(詳しくは → こちら)。
●コーヒーが青少年のBMIに及ぼす影響
図1で紹介したように、13歳の少女だったサンドラ・アーモットはダイエットに興味を持っていたそうです。今では「ダイエットよりファッションに気を使うべきだった」と述懐しているのですが、今ではもっと多くの少女たちがダイエットを目指しているのだそうです。そんな年齢の青少年をターゲットにした臨床試験がイスラエルで行われてました。
テル・アビブ大学の医師ロニット・ルベツキー教授の研究グループは、13歳前後の青少年のダイエット志向に危機感を持って、小規模ながらコーヒーの臨床パイロット試験を行いました(詳しくは → こちら)。図3に示すコーヒー群は、1日のカフェイン量を成人の約半分に相当する160㎎に抑えて、1日2杯のコーヒーで6ヶ月間過ごしました。3ヶ月と6ヶ月時点で、栄養摂取量、BMI、および体脂肪量を確認して、健康状態をチェックしました。図3は6ヶ月間のBMI変化を示したもので、コーヒー群に有意な低下(p= 0.002)が観察されました。ルベツキー教授の結論は「肥満傾向のある子供には食事を推奨しつつ適正量のコーヒーまたはお茶を飲ませなさい」ということです。
図3の結果はカフェインの量に依存しているように見えますが、確かな根拠はありません。これまでの研究で、カフェインには脂肪を燃焼する作用があるので、コーヒーダイエットはカフェインに依存していると言われますが、コーヒーには他にも多くの関与成分があって、ダイエットに繋がる薬理作用が認められています。
●ポリフェノール91種類に体重低下効果の順位づけ
図3のルベツキー教授はBMI低下の関与成分がカフェインであると考えてパイロットスタディーを行いました。一方、コーヒーにも含まれているポリフェノールがダイエットに有効との意見も多くあります。ポリフェノールは植物にとって重要な成分ですから、全ての野菜と果実に含まれていて、その種類は5千種類とも言われています。サプリメントとしての人気も高いので、一体どのポリフェノールが最も優れたダイエット効果を示すのか、91種類のポリフェノールの順位づけを行った論文が発表されました(詳しくは → こちら)。
研究を行ったのはヨーロッパ9ヶ国の共同研究チームで、349,165人を5年間追跡して、普段食べている野菜、果物、飲物から接種したポリフェノールの種類と量を算出し、体重変化と比較したのです。すると91種類のうち67種類で負の体重変化が観察されました。この結果は世間で言われている「野菜中心の食生活をすれば健康な体重を維持できる」ということと一致しています。体重減少に最も大きく影響したポリフェノールはタマネギのケルセチンで、2番目にほぼ同じ効き目でお茶のカテキンとコーヒーのカフェ酸がつづいていました。この論文とその他のデータも合わせて肥満対策に有効と思える化合物を絵にしてみました(図4)。ここでカフェイン以外は全てがポリフェノールに分類されていることは驚きです。お茶とコーヒーにタマネギのケルセチンが含まれていることはあまり知られていない事実です。
●カフェインとポリフェノールを同時に含む飲み物は人類遺産
カフェインもポリフェノールも酸化ストレスを軽くして、脂肪燃焼を刺激するので体重を抑えると言われています。特に子供の肥満解消はWHOが勧告する世界規模の難問です(詳しくは → こちら)。図3の論文はこれから大きな反響を呼ぶだろうと思います。
コーヒーのポリフェノールはクロロゲン酸で、お茶の場合はカテキンです。お茶とコーヒーはカフェインとポリフェノールを両方とも豊富に含んでいるので、それぞれが示す抗酸化作用と抗炎症作用が相乗効果を発揮していると想像できますが、確かな実験データはまだありません。世界の人々が慣れ親しんでいる飲み物なのに、研究レベルはまだまだ始まったばかりなのです。
「コーヒーのカフェインは毒である」と信じている人が多くいらっしゃいますが、未熟児の無呼吸症にはなくてはならない特効薬であることも知って欲しい事実です。カフェインがないと生きられない赤ちゃんが、ICUでカフェイン治療を受けているのです。ですから思春期の青少年が肥満予防のために飲んでも安全であると言えるはずです。
そのカフェインと一緒に飲むポリフェノールにも、抗炎症作用がありますし、それが脂肪細胞の成長を抑制することは薬理学の基本です。と同時に、ポリフェノールにはカフェインには無い活性酸素の直接中和作用があります。ですからカフェインと同時にポリフェノールを飲むことには、相乗効果発現の原理である「2つの成分が異なる作用点で同じ薬効をもたらす」という薬理学の定義を満たしているのです。
正にお茶とコーヒーは、薬食同源の人類遺産として、有難くいただくべき飲み物なのです。
●それでもカフェインの摂り過ぎには要注意
コーヒーを美味しいとも思わずに飲んでしまったときに感じる不快感・・・それが原因でコーヒー嫌いになる人がいます。コーヒーを飲むと気持ちが悪くなる人、全身の力が抜けて気力も失せてしまう人、以下はそういう人のカフェイン生理学です。
カフェイン代謝の第一段階は、肝臓に多い酵素CYP1A2による脱メチル化です(図5)。詳細は省きますが、この代謝酵素には一塩基多型という変異が起こっていて、主に3種類の型に分かれます。代謝反応が早く進む方から順に、AA型、AC型、CC型があって、AA型を持っている人を「カフェインの急速代謝型」、ACは「中等度代謝型」、CCは「遅い代謝型」の人と呼んでいます。AA型の人がコーヒーを飲むと、カフェインは速やかに代謝されます。CC型はカフェインが長く体内に留まって、作用が長引くことになります。副作用が出やすいのはCC型で、AA型の人は何杯でも飲めるタイプになるのです。その中間がAC型です。
●CC型の人がコーヒーを飲むとアルブミン尿症が現れることがある(詳しくは → こちら)。
CC型の人は、体内にカフェインが長時間滞留することで、腎臓のろ過機能が低下して、eGFR低下とアルブミン尿症が現れることがあります。図6は、1180人のステージ1高血圧患者をCYP1A2の一塩基多型で3群に層別して、16年間追跡した結果です。横軸は調査開始からの日数、縦軸は「アルブミン尿が観察されなかった(-)人の割合」で、日数の経過とともに人数が減っていることが解ります。折れ線の色分けは1日のコーヒー杯数で、黒が1杯以下、茶が1∼3杯、青が3杯以上となっています。図Aは一塩基多型とは無関係に全員をまとめたグラフです。黒、茶、青の順にアルブミン尿症の人が増えていることが解ります。図BはAC型とCC型を合わせたグラフで、3杯以上を飲んでいる人がアルブミン尿症の高いリスクを持っていることが解ります。そして図Cは代謝の速いAA群で何杯飲んでも腎臓はビクともしませんでした。
この図を見るときには注意して下さい。先ず追跡対象の人が高血圧患者ということです。ですから高血圧の治療を行わなければ、腎臓病に罹るリスクが高い人たちということです。次に「どんなコーヒーを飲んでいたか」ということ。筆者らが日本のコーヒー市場で抜き取り調査をしたところ、カフェインはどんなコーヒーにもそれなりに入っていますが、ポリフェノールが多く入っているコーヒーは滅多にありません。理由は、生豆のクロロゲン酸が焙煎の熱で分解してしまうからです。ここでは詳しく書きませんが、クロロゲン酸には比較的強い血管拡張作用がありますので、血圧には好ましい影響を及ぼすはずなのです(詳しくは → こちら)。カフェイン入りであっても、クロロゲン酸を多く含むコーヒーを選べば、カフェインの腎機能への悪影響は避けられるはずです。この点に関しては更なる実証実験が必要と思われますが、それがはっきりするまで、高血圧の人はカフェインの摂り過ぎに要注意です。
【まとめ】如何でしたか?話はかなり複雑ですが、どうやらコーヒーにダイエット効果があることは確かなようです。問題は、そのコーヒーを安全に飲み続けるにはどうすればよいかという、コーヒーの淹れ方に懸かっているとおもいます。そこで、クロロゲン酸を多く含む希太郎ブレンド®は、現時点で最適なコーヒーダイエット用ブレンドであると自信をもってお勧めしている処です。どうぞ宜しく。
(第509話 完)