去る10月16日(月曜日)、日本コーヒー文化学会の「コーヒーを楽しむ会」が、㈱lohasbeansと㈱ヒロコーヒーの協力で、神戸市西ノ宮北で開催されました。筆者の演題は下図の通りです。



 この演題はヒロコーヒーからの要望で、その理由は「近年デカフェの需要が増えている」とのことでした。筆者はデカフェ論文も収集していますが、これまで健康珈琲の普及活動に使ったことはありません。今回初めてパワーポイントにまとめることで情報整理ができました。その結果思ったことは、デカフェコーヒーの健康効果を上手くPRできれば、カフェイン入りを飲めないコーヒー嫌いの人々が、デカフェを飲むことでコーヒーの恩恵を受けられるようになる・・・という期待です。

 前回のブログで、ダイエット目的に飲むコーヒーは、カフェイン入りでもデカフェでも、どちらも効果を発揮することを紹介しました。しかし、それだけではありません。今回のパワーポイントに描いた典型的な1例は2型糖尿病のリスク軽減です(詳しくは → こちら)。



 疫学研究によれば、糖尿病を予防できれば、「糖尿病が原因の心血管病と腎臓病に限らず、アルツハイマー病の予防にも寄与する」ので、一石二鳥どころか、はるかに大きな健康効果が期待されます。生活習慣病を放置すると、体内のあらゆる場所の慢性炎症が原因で病気の悪循環が起こります。この最悪の病気ループを断ち切るため、カフェイン入りを飲めない人がデカフェを飲むことで得られる社会的メリットは、飲む本人の個人的メリットよりも遥かに大きいはずです。

 本態性高血圧も糖尿病の場合と似ています。疫学研究によれば、普段コーヒーを飲まない人が、たまにカフェイン入りコーヒーを飲むと一時的に血圧が上がります。そのため特に高齢者で血圧が気になる人は、デカフェコーヒーを選ぶ傾向が見られます(詳しくは → こちら)。



 この論文はスペイン人を調査したもので、他国ではあまり見られない貴重なデータです。この図でレギュラーとはカフェイン入り、デカフェはカフェインを抜いたコーヒーを指していますが、一般にはどちらもレギュラーコーヒーと呼ばれています。英語で書いてある論文では“caffeinated coffee”と“decaffeinated coffee”のように区別するのが普通です。

 ちょっと横道にそれますが、筆者の場合は、本来はカフェインが入っている天然の生豆を焙煎したコーヒーを「レギュラーコーヒー」、天然生豆からカフェインだけを除去した豆をデカフェ豆と呼び、それを焙煎したコーヒーを「デカフェコーヒー」と呼んで区別しています。こういう誤解を避けるために、国際的にきちんと名称を定義して欲しいものです。

 さて図に戻って説明します。日本の場合、デカフェコーヒーの消費量を生豆の輸入量から換算すると8~9%程度です。これに対してスペイン人の場合は32%もの人がデカフェを飲んでいて、38%のレギュラー派と大差ありません。更に、コーヒーを全く飲まない人が30%もいることは驚きです。論文ではコーヒーを選ぶ理由も調べていて、棒グラフを左右で比較してみれば、デカフェを選ぶ人は明らかに健康を意識していることがわかります。


●全く飲まない人の真の理由はカフェイン代謝酵素の遺伝子変異(一塩基多型SNPs)にある。

 図4をご覧ください。カフェインが苦手または全く飲めないために、6割もの人がコーヒーを飲まないか、たまにしか飲みません。このデータはギリシャ人327人のものですが、日本人でもほぼ同じだろうと思います(詳しくは → こちら)。



 図4の左はカフェインの代謝経路です。飲んだカフェインが吸収されると、次に通るのはカフェイン代謝酵素CYP1A2のある肝臓です。ですから、カフェインの代謝は飲んでから10分も経たないうちに始まるのです。この速やかに始まる肝代謝のことを、薬学用語では「薬物代謝の初回通過効果;First Pass Effect」と呼んでいます。それでもカフェインの血中濃度が半分にまで下がるには4∼5時間はかかるので、その間にカフェインを含んだ血液が何回となく肝臓を通過しているのです。そして最終的にカフェインは3つの代謝物に変化します。

 一番多くできるのはパラキサンチンで、この作用はカフェインとほぼ同じです。次に多いのはテオブロミンで、これは利尿作用を齎します。そして第3はテオフィリンで、これは喘息治療薬として、前世紀の半ばからカフェインに代わって今も使われています。これらの代謝反応が同時に進行することで、コーヒーが好きな人の体内カフェインは4∼5時間で半分が消えて行くのです。もしカフェインが長く体内に貯留すると、カフェインの副作用で気分が悪くなったりして、飲んだコーヒーを忌避するようになってしまいます。

 さて問題はCYP1A2の遺伝子型にあります。これには3つの型がありますが、どれも遺伝子鎖の同じ場所で暗号分子が違っているのです。この現象は一塩基多型と呼ばれ、どんな遺伝子にも普通に見られる現象です。異なる一塩基多型では暗号に基いて出来上がるタンパク質の働きが違ってくるのです。CYP1A2の場合には代謝速度に差が現れます。


●CYP1A2の遺伝子多型は3つあって、代謝が早い型、中位の型、遅い型に分かれる。

 図4の右をご覧ください。先ずAA型は代謝が早い多型で、これを持っている人は、カフェインの覚醒作用を程よく感じて、気分が良くなるのです。そして時間が経って体内のカフェインが減ってくると、またコーヒーを飲みたくなるのです。

 AA型の逆がCC型です。カフェインの代謝速度が遅いために、カフェインの排泄は腎臓だけの役目となって、その分長い時間体内に留まることになります。すると疲れていても眠れないし、気分も悪くなって、二度とコーヒーを飲む気になれなくなってしまうのです。

 AAとCCの中間がAC型です。コーヒーへの嗜好には個人差がありますが、共通しているのは、飲まなくても良いし、飲んでも多くは飲みたくない・・・という気分です。「不味いコーヒーは嫌だけれど美味しいコーヒーなら飲める」という人もAC型かも知れません。ですから「健康珈琲」にとって大事なことは、「美味しく淹れる」ことなのです。


●コーヒー店の日々の努力「美味しいコーヒーを提供すること」は、AC型のためにある。

 AA型の人は放っておいても店に来ます。CC型の人がコーヒー店の努力に応えることはありません。努力に報いてくれるのは、AC型の人の特徴と言えるはずです。こういう調査研究はまだ何処にもありませんが、カフェインの薬理学と酵素遺伝子の型を合わせて考えると、なるほどと思えるマーケティングの基礎科学になるのではないでしょうか。

 最後に、西ノ宮ではお話しできませんでしたが、筆者が切に期待することを書いておきます。


●AC型とCC型の人がコーヒーを飲んでくれるようになれば、「健康珈琲」が文字通りに本人の健康だけでなく社会のためになる。

 そのためには美味しいデカフェコーヒーが絶対に必要ですし、その美味しさを社会のために活かすには、CC型の人でも飲めるカフェインの量について、臨床薬理学で言う「適正投与量」の研究が無くてはならないと考えています。それでは応援よろしくお願いします。

(第515話 完)