ポリフェノール・サプリメントとコーヒーの健康効果の人気がこれほど高まっているのに、ポリフェノールの王様とも言えるコーヒーのクロロゲン酸(CGAs)についてはよく分かっていないのが実情です。どれだけ吸収されるのか、化学構造に変化があるのかないのか等々、研究例は非常に少ない現実です。有名ブランドの市販コーヒーですら、含まれているCGAsの量は、薬効量には達していないのも現実です(図1を参照)。ですからメーカー側の都合のよい情報だけが発信されているとしか思えません。そこで筆者は改めて原著論文にあたって調べ直してみました。



 ご存じない方も多いと思いますが、クロロゲン酸と呼ばれるポリフェノールは、実は複雑な混合物であるということです。現在までに全部で9つの成分が知られていて、それらは大きく3つのグループに分類できます(図2)。

 3つのグループとは、図2の上段と中段と下段の3つです。上段のカフェオイルキナ酸というのは、カフェ酸を結合したキナ酸のことです。カフェ酸が結合するキナ酸の位置の違いで3つのカフェオイルキナ酸があります。同様に中段にはフェルラ酸がキナ酸に結合した3つのフェルロイルキナ酸があります。そして下段には、1つのキナ酸に2つのカフェ酸が結合した3つのジカフェオイルキナ酸があるのです。



 こうして1杯のコーヒーには9つのクロロゲン酸が入っています。コーヒーを飲んだときにこれら9つがどれも同じように吸収されるとは限りません。早く吸収されるものと遅いもの、ヒトが吸収する前に腸内菌の消化酵素が作用して分解されるもの、分解されても吸収されるものとされないもの・・・等々、考えて解るものではありません。クロロゲン酸がどんな姿で吸収されるのか、それを確かめるには、コーヒーを飲んだ後の血液を分析する以外に良い手はありません。それを研究したのは、元ネスレ社に勤めていたウイリアムソン教授で、現在は英国モナシュ大学で栄養学を主宰しています(詳しくは → こちら)。では、図3をご覧ください。



  この図は薬学でいう「血中濃度曲線」に相当するもので、薬の場合は「飲むと血中に観察される薬分子の血中濃度の変化」を示しています。1つの薬を飲んだときのグラフは基本的に1本の線で表わされますが、代謝物があるとその数に応じて2本以上の線が観察されます。コーヒーの場合には図2に示した9つのクロロゲン酸(CGAs)がありますから、それらだけで9本の線になってしまいます。ところが、それぞれのCGAには異なる吸収率があるので、吸収率が低いものでは線が観察されなくなるのです。では1本ずつ見て行きましょう。

 先ず最初に一番背の高い緑の線は、飲んでから30分足らずで血中に出現する化合物です。つまりこの化合物は飲んだコーヒーの中に入っていて、それがそのまま吸収されて血中に入ってきたということなのです。化学構造を調べてみると、ジメトキシ桂皮酸であることが解りました(図4)。




 次に背が高いのは紫と黒の2つで、両方とも飲んでから4時間後にピークになっています。実はこのことから、2つの化合物は腸内で何らかの化学変化を受けてから吸収されたと考えられるのです。構造を調べてみると、紫がジヒドロカフェ酸-3-硫酸塩で、黒はジヒドロフェルラ酸だったのです(図4)。もう1つ6時間でピークを示したのは青で、これはジヒドロフェルラ酸-4-硫酸塩でした(図4)。

 さて図4は、これらのフェノール類が腸管のどの部位で吸収されているかを示しています。中央の縦カラムが腸管で、上から順に、胃、小腸、大腸となっていて、矢印は化合物の移動と構造の変化を表わしています。右側の薄茶色の矢印は、フェルロイルキナ酸(FQA:図2の中段で量の多い成分)から始まるルートで、胃で一部が吸収されます。その残りが小腸を通過して大腸に達し、そこに棲息している嫌気性菌による還元的代謝を受けて、ジヒドロフェルラ酸(DHFA)に変わり、それが吸収されて血中に入るということです。

 次にカラム中央の茶色の太い線は、図2上段で最も多い5-カフェオイルキナ酸(5-CQA)から始まるルートです。小腸で2つ、大腸で2つ、計4つの化合物が代謝を受けて血液に入るというルートを辿ります。以上で解ることは、小腸で吸収される化合物は、キナ酸が外れた形をしていること、大腸では更に二重結合が還元された形で吸収されるということです。

 では、図3で最も大きな緑の曲線はどうでしょうか?じつはこの化合物はコーヒーに入っているままの形で小腸から吸収されたもので、CGAsではありません。化学構造を見ると薄茶色のルートのフェルラ酸が小腸で吸収され、それが肝臓でメチル化されたとも思えるのですが、実は始めからコーヒーそのものに多く含まれていることが解りました。従ってこのジメチルフェルラ酸は、クロロゲン酸とは無関係のフェノール類なのです。


●コーヒーが示す抗酸化作用と抗炎症作用は図5の化合物の作用である。



 以上に書いたように、一口にCGAsと言っても、その作用は図5の成分の相加的な作用なのです。特にコーヒーのCGAsにはジメトキシ桂皮酸が含まれているので、純粋なCGAとはかなり異なる作用を示すと思われます。実際、昨年発表された論文によれば、ジメトキシ桂皮酸には、パーキンソン病などのレビー小体が関与する病気を予防する効き目があるとのことです(詳しくは → こちら)。

 ということで、さいごにまとめると、

●珈琲一杯の薬理学にはまだまだ知らないことが沢山ある。

(第517話 完)