●PR合戦トップはNMN/実力No.1はニコチン酸(ナイアシン:VB3)

 NADは生きるためのエネルギーを生み出すので、途轍もなく重要な補酵素です。多くの酵素の補酵素として、健康な物質代謝、エネルギー代謝、基礎代謝に係わっています。易しい解説をネットで読めます(詳しくは → こちら)。

 それほど大切なNADなのに、ヒトが年を取るにつれて減ってしまいます。そしてNAD欠乏が原因になって、加齢に伴う諸々の老化現象が始まるのです。ですからNADを増やせば元気になって、病気に罹るリスクが減り、その結果として死ぬまで元気で居られるはずだと、そんなことが国際学術誌に堂々と書かれるようになってきました(例えば → こちら)。

 NADは肉でも魚でも野菜でも、天然の食ベ物には必ず含まれているのですが、食べても吸収されず、注射しても目標の細胞の中には入りません。ですから、自分の身体の中で作る以外にないのです。図1はそのための生合成経路で、複雑な代謝反応の組み合わせで成り立っています。



●NADブースターが5つある。

 基本中の基本は必須アミノ酸のトリプトファンです(図1の上段)。それより効率の高い栄養素がビタミンB3のニコチン酸(別名ナイアシン)とニコチナミド(同ナイアシンアミド)で、これらが不足するとNADが減って、ペラグラという非常に特徴的な欠乏症になってしまいます。治療のためにビタミンB3を補給すれば回復しますが、放置すれば死に至ります。

 以上の3つはいわば古典的NADブースターで、教科書にはNAD前駆体と書かれています。これに対して今世紀になってから新たに登場したブースターが、図1のサルベージ回路に合流するニコチナミドリボシド(NR)とニコチナミドモノヌクレオチド(NMN)の2つです(図1の左下)。この2つはサプリメントとして販売されていますが、ビタミンのように医薬品として確立している訳ではありません。


●何故かNMNだけが注目される現実がある。

 図2は朝日新聞のけいざい+欄の記事です。ゾクゾクするようなキャッチフレーズは1キロ4億円、見る人によって様々な受け止め方があるでしょうが、記事のつづきがどうなるのかまだ見ていません。



●NADブースターの実力の比較

 トリプトファンの効率は、代謝経路が長い分だけ悪いので、これを除いてその他4つを比較します。最近発表された論文によれば、表1のように、4つのブースターを直接比較する研究は、残念ながらないとのことです(詳しくは → こちら)。



 4つのうち最もよく研究されているのはNRで、特に認知症に関する論文が多いようです。しかし、NMN研究と合わせて更なる研究の推進が求められています。一方、ビタミンB3(ナイアシンとナイアシンアミド;以前は、ニコチン酸とニコチナミド)についての論文が少ない理由は、前世紀前半から長い使用経験があるので、それを繰り返すことは必要ないと考えるのが自然です。しかし近年注目されはじめた「健康な長寿」に関する研究は不足しています。先ずは、数少ないニコチン酸(NA)とアルツハイマー病(AD)の関係をまとめておきます。


●コーヒー成分NAとAD発症の関係



 今世紀になってから、NAがADを予防するとのデータが出始めました。米国ジョージア州にある疾患管理予防センターの研究班は、シカゴ在住で65歳以上の6158人を対象に追跡調査を行いました。日常の食事から摂っている1日のNA量とAD発症までの年月を比較したのです。2004年の論文に発表されたデータを図3に示します。論文の表題は、「食事で摂っているNAが多いとAD発症までの年数が長い」というものでした(詳しくは → こちら)。


●コーヒー成分クロロゲン酸とAβ蓄積量の関係

 2021年になって、オーストラリアの研究班が健康な成人227人を10年間追跡して、脳のアミロイドβ(Aβ)蓄積量を算出して、飲んでいたコーヒーとの関係を調べました。その結果は図4のようになりました。週に1杯程度のコーヒーを基準にすると、1日1-2杯ならAβ蓄積量は65%に減少し、3杯以上なら21%まで大幅に下がるというのです(詳しくは → こちら)。



 この論文が発表される1年前の2020年には、動物モデルの実験で、蓄積するAβの量がコーヒーのクロロゲン酸(CGA)で減ることが確認されました(詳しくは → こちら)。Aβの元になるタンパク質の遺伝子変異(PSS/PS2)を野生型マウスに導入して、生まれたマウスをADモデルに仕立てました。このモデルマウスをCGAを含む飼料で飼育していると、海馬に溜まったAβ像が、図5の右端のようになりました。普通食で育てたマウスに見られたAβの多数の斑点(中央)が減っていることが分かります。


 図4と図5の実験を合わせると、コーヒーを毎日飲んでいるとAβの蓄積量が減ることの根拠として、コーヒーのポリフェノールが係わっていることが示されたのです。しかし、それ以上の分子メカニズムについて考察するには、更なる実験が必要です。


●毎日のコーヒーがADを予防する

 さらに今年の8月には韓国の研究者が過去の論文をまとめたメタ解析を行って論文を発表しました。論文の表題はずばり「毎日のコーヒーがADリスクを下げる」というものです(詳しくは → こちら)。

 図6をご覧ください。そのものずばりの論文データは、1日に飲むコーヒー杯数とAD発症リスクの関係です。1日1-2杯が相対リスクの最低値68%を示しています。しかし2杯を超えると曲線は上昇し始めて、4杯を超えると基準値1.0を超えて、1日1杯以下の人より発症リスクが高くなってしまいました。論文の著者は、結論で次のように書いています。



 結論として、このメタ解析データは、コーヒーの量を制限した場合でも、コーヒー摂取によるAD予防効果を裏付ける証拠を提供しています。しかし、コーヒーの過剰摂取がアルツハイマー病のリスク増加と関連している可能性も示唆されているので、コーヒー摂取量を適度に保つ必要性があります。根底にあるメカニズムをさらに解明し、アルツハイマー病リスクを軽減するための最適なコーヒー摂取パターンを決めるには、将来の前向き研究とランダム化比較試験が必要になるかも知れません。


●【コーヒー VSレカネマブ】

 レカネマブとは、エーザイ株式会社が開発した新薬で、Aβを除去する作用を示します。しかし、使用法の制限が厳しく決められているため、軽度認知障害の人が等しく治療を受けられるというものではないようです。従って、健康ではあっても認知力の変化が気になっているとか、医師に使用基準に当てはまらないと判断された方、もしくは元来薬は嫌だという方にとっては、無用の長物になってしまいます。

 こんなレカネマブに対してコーヒーは、世界で最も人気のある嗜好飲料で、単一食品の疫学研究で、最も信頼できる学術論文誌で、疾患リスクの軽減が確認されています。しかし、カフェインを含んだレギュラーコーヒーを飲めない人が居ますし、またその人たちのためにデカフェコーヒーの品質改良が進んでいて、ヨーロッパの調査によれば、ほぼ70%の人がどちらかのコーヒーを飲んでいる現実があります。

 レカネマブとコーヒーと、ADを予防する効き目は、どちらが優れているでしょうか?あるいは優劣をつけずにそれぞれの作用の特徴を比較できるでしょうか?そういう観点で、図7を描きました。レカネマブのデータは、医薬品の承認審査を行っている厚労省関連の独立行政法人PMDAが作成したガイドラインから引用しました(詳しくは → こちら)。



 レカネマブのデータは臨床試験、コーヒーのデータは疫学研究で得られたもので、基本的に異なる方法に基づくデータです。それでも「Aと図3」、「Bと図4」を見比べると、非常によく似ていることが分かると思います。つまりこの範囲内で比べれば、レカネマブとコーヒーの効き目はほとんど同じといえるのです。

 しかし、図7にさらに加えて、コーヒーには毎日飲んでいればADを予防する効き目があります(図6を参照)。これに対してレカネマブにはそういうデータはありません。ある解説によれば、「軽度認知障害(MCI)は5年でADに移行するが、レカネマブを使えば6年に延びる」、その程度の効き目であるとのことです。

 もう1つ大事な違いは「薬代とコーヒー代の差」です。ですからどう考えてみても、アルツハイマー病予防にとっては、コーヒーはレカネマブより先に選ぶべき選択肢と言えるのです。

 さて、皆さんならどちらを選びますか?効くだけ野暮というものですね。そうです、「どんなコーヒーを飲むのが良いか」という問題はちょっと置いたとしても、レギュラーでも、デカフェでも、あるいはインスタントでも、好きなコーヒーを毎日飲むことをお勧めします。

 最後に、アルツハイマー病の発症年齢は60歳からです。そしてその20年前からAβが脳に溜まりはじめます。ということで、それより若い人に覚えて置いて頂きたいことは、

●40歳を過ぎたら毎日コーヒーを飲みなさい。

 生憎40歳を過ぎている人は、

●今日から毎日コーヒーを飲みなさい。

(第519話 完)