シリーズ『くすりになったコーヒー』


 確かなエビデンスに基づいて、浅煎りと深煎りの薬理作用成分を比べてみました(出典は省略します)。要点だけを表1にまとめました。こんなに差があることを知ってしまうと、浅煎りも深煎りも両方とも飲まなければ損をすると思うようになりました。コーヒーに予防効果があるという病気については、もしそんな病気に罹ったら、「やっぱりコーヒーを飲もう」という気持ちでいれば、病気の進行、合併症の発生、薬の効き目などにとって、好ましい方向に向かってくれるとの研究成果も出てきています。



 コーヒーには大きく分けて「浅煎り」と「深煎り」があります。味も香りも別物です。 これまでは「酸味の浅煎りが好き」とか、「苦くてコクのある深煎りでなけりゃあ」と言っていた人でも、それが薬になると知ったなら、どっちも飲みたくなってしまいます。


 表1の浅煎りと深煎りの成分の違いは、200℃を超える焙煎熱が原因です。生豆のアミノ酸(とタンパク質)とグルコース(とデンプン)が反応して、メイラード反応と呼ばれる複雑な化学変化を経て、深煎りの成分に生まれ変わるのです。


 カフェインは焙煎熱で変化しないので、コーヒー1杯/豆10グラムに含まれている量は常に100ミリグラム前後です。偶然ですが、この量は医薬品である無水カフェインを処方するときの1回分に相当しています。カフェインが効く人は、これだけで目が冴えて眠れなくなってしまいますが、慣れると効かなくなる人も大勢います。では、純に説明しましょう。


 生豆のトリゴネリンは熱で分解し、ニコチン酸とNMP(N-メチルピリジン)に変わります。従って深煎り豆にはトリゴネリンはなく、代わりにニコチン酸とNMPが含まれています。ここで非常に重要な薬理学の拮抗関係を指摘しておきましょう。


●トリゴネリンとNMPは抗酸化性転写因子NRF2に対して拮抗する(逆作用を示す)。


 Nrf2は重要な転写因子として注目されています。種々の抗酸化性タンパク質の遺伝子を発現して、酸化ストレスを消して、発癌を抑制しています。多くの研究によって、これは確かな話と言えそうです。不思議なことに、トリゴネリンはNrf2を抑制するのに、焙煎すると出来るNMPは逆にNrf2を活性化しているのです。両者のバランスの解明は、これからに残された課題です。


●カフェイン、トリゴネリン、クロロゲン酸は、コーヒー有効成分の三種の神器。


 浅煎り豆の抗酸化性成分であるクロロゲン酸も熱に弱く、深煎り豆にはほとんどありません。深煎り豆の抗酸化性は、トリゴネリンから出来てくるニコチン酸とNMPで賄われます。つまり、トリゴネリンとクロロゲン酸は、浅煎り豆と深煎り豆の両方で、抗酸化性を代替し合っているのです。この詳細についてもまだまだ研究が必要です。


●コーヒーは繊維性食品の代表である。


 あまり知られていませんが、知る人ぞ知るコーヒーの消化管作用はコーヒー繊維質によるものです。コーヒー繊維質は、寒天と同じガラクタンを含みますが、他の野菜や果実の繊維質にはないアラビノースとマンノースを多く含むのが特徴です。そして1日3杯のコーヒーを飲むことで、5グラム程度の繊維質が腸を通過することで、腸管運動を刺激するのです。


●深く焙煎したコーヒーの特徴は色と香り。


 表1の5-HMFとメチルピラジンは香りの代表、メラノイジンはコーヒー色の成分です。コーヒーの香りにはリラックス効果がありますが、湯に溶けている香りを飲むことで、赤血球の酸素運搬能が高まりますし、ニコチン酸と似た抗血栓作用を示します。コーヒーを飲んだ後の血液を調べると、固まるまでの時間が延びていることがわかります。食後のドロドロ血液には脂肪滴が多く、固まりやすい性質をもっていますが、コーヒーを飲むことでサラサラ度が増して改善されるということなのです。


 さて、このように見てきますと、病気を予防するには浅煎りと深煎りとどちらの効果が大きいのか比較してみたいものです。残念ながらこれまでの疫学研究に答えはありませんが、動物実験のデータを見る限り、どちらにもそれぞれの特徴があると言えます。そこで、お勧めすべきコーヒーの飲み方としては、浅煎りも深煎りもどちらも飲むことになるのです。方法は2つあります。


●浅煎り+深煎りのブレンドを飲む。


 このブレンドは筆者が「栄養成分ブレンド」と呼んでいるもので、商品としては、豊橋市の老舗コーヒー店「ワルツ」で販売しています(詳しくは → こちら)。


●朝は浅煎り、夜は深煎り、昼はどちらかを飲む。1日最適は3杯程度。


 俗に、「深煎りは胃に悪い」は間違いで、美味しく淹れた深煎りは、浅煎りよりも胃に優しいと証明されています。もし何かの病気になって、更なる病気の進行を遅くしたいなら、浅煎りでも深煎りでも、美味しくなければ役に立ちません。


●美味しいコーヒーの入れ方は「珈琲一杯の元気」(詳しくは → こちら)。




(第321話 完)


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