シリーズ『くすりになったコーヒー』


 カフェインの致死量は1回に約10グラム前後です。そんなに飲まなくても、添付文書に書いてある障害作用として、ふるえ、めまい、虚脱感、不整脈、不眠、不安、瞳孔散大など多数あります。飲んだ人のすべてに出るわけではありませんから、コーヒーを5・6杯、カフェインに換算すれば500ミリグラムを超える量を飲んだとしても、そんな症状に覚えはないという人も結構いらっしゃいます。しかし、普段飲みつけない人がそれだけ飲めば、間違いなく何らかの障害作用が出て不思議はありません。


 疫学調査によれば、毎日コーヒーを飲む人を、3杯以内と5杯以上に分けて比べると、心臓病で死ぬリスクは、前者で1.0以下、後者で1.0以上となるのです。これは慢性的で遅発的な障害作用と言えるもので、「原因はカフェインにある」という仮説を疑う人はほとんどいません。遅発性の障害作用の原因をカフェインだとすれば、その300〜500ミリグラムの何処かに境目があるようです。慢性毒性は急性毒性よりも少ない量のカフェインで発現するので、コーヒーで疾患リスクを減らすための最善の量は1日に3-4杯以内になるのです。


 さて、大人の実験や調査結果を受けて、大人では安全だと思っているコーヒーでも、子供に飲ませるなどもっての外であるとの強い意見があります。子供がコーヒーを飲むと、眠れない、おしっこを漏らすといった軽い症状の他に、興奮して暴れる、訳の分からないことを喋る、過度に恐怖心を抱くというような、大人にも出るカフェイン過剰摂取の副作用が強調されて、子供はコーヒーを一口飲んだだけでも精神が異常になるかのような風説が広まってしまいました。しかし冷静に考えれば、健康に育っている子供を対象に、カフェインやコーヒーの実験など実は何処にもないのです。「子供にコーヒーは毒である」は、根拠のない大人たちの思い込みに過ぎません。


 そこで、カフェインへの疑惑、不信感、不安などを正当に評価するために、米国で大規模調査が行われました。


●人口集団別「カフェインの安全な1日摂取量」(詳しくは → こちら)。


 調査したのは北米の大学病院と民間研究機関など合わせて14施設で、2001年から15年まで1万を超える論文のデータを、健康な成人、妊婦、青少年、子供に分けて、主な障害作用の頻度を調べました。そして障害作用が出ない摂取量の上限を計算したのです。論文に書かれた数値を表に示します。



 表のコーヒーの目安は筆者が加筆したもので、日本人の健康な成人では3杯、妊婦では2杯を目安にすれば、カフェインの上限を守れます。しかし、それを越すと障害作用のリスクが高まってしまいます。当然のことですが、カフェインの少ないコーヒーなら話は別です。


 次に青少年の場合、残念なことに研究例が少なく、データはほとんどありませんでした。そこで以前に行われていた未熟児の臨床試験に基づいて、体重あたりの数値を使うことにしたのです(詳しくは → こちら)。


●体重500-1250グラムの未熟児では、安全なカフェインの1日投与量は体重1キロ当たり2.5ミリグラムだった。


 そこでこの表では、健康な青少年の1日摂取量上限を、未熟児と同じ数値を使うことで、安全性に更なる縛りを加えたのです。未熟児に安全なのだから、健康な青少年には十分安全との予想です。日本人の中学生や高校生では、彼ら彼女らの平均体重で計算すると、安全な上限はコーヒー1杯程度になるのです。大人と変わらない体重なのにちょっと少な過ぎるのでは・・・とも思えますが、カフェインには精神作用が強く関わっていますから、研究例が増えるまではこの位に定めておくのが安心かも知れません。


 ちなみに、この数字を日本人の小学1年生にあてはめますと、男女とも体重はほぼ21キロなので、カフェイン上限は53ミリグラムとなります。これは成人が飲むコーヒー1杯の約半分に相当しています。偶然の一致ではありますが、7歳児の医薬品投与量は成人の半分という薬理学の経験式に当てはまっているのです。そういうことですから、表の数値の信頼性はかなり高いというものです。


●科学的には一応信頼できる数値が出揃ったとはいえ、コーヒーの飲み方の判断は人それぞれの生活習慣と健康意識に基づいて決める以外にありません。


(第311話 完)


『がんになりたくなければ、ボケたくなければ、毎日コーヒーを飲みなさい。』(集英社刊)の台湾語版が完成しました。



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