シリーズ『くすりになったコーヒー』


 肝臓癌の最も多い原因はC型肝炎。それが近年、患者の免疫能を高める特効薬、ソバルディとハーボニーが市販されて、ウイルスが原因のC型肝炎はほぼ完治するようになりました。そこで肝臓癌の焦点は、非アルコール性脂肪肝NASH→肝臓癌に変わってきています。


●NASHを放置しておくと肝臓癌になるリスクが高い(詳しくは → こちら)。


 2014年10月、この課題を解決するかもしれないプレスリリースがありました。リリースしたのは東大の宮崎徹教授で、脂肪肝と肝臓癌を結びつけるAIMというタンパク質の発見でした(詳しくは → こちら)。


●AIMは、CD36を介して細胞内へ侵入し、中性脂肪を分解して蓄積を抑制、メタボや肥満を予防する(詳しくは → こちら)。


 図1はプレスリリースのとき配られたものです。左側をご覧ください。CD36にくっついたAIMが、一緒に細胞に入り込んで、中性脂肪を脂肪酸に分解しています。このとき出来る脂肪酸は血液に入って何処へ行くのか・・・そこの所は曖昧です。




 それはさておき、ヒトの血液中のAIM量には個人差があって、少ないと肝臓に脂肪が溜まりやすくなっているのだそうです。AIMが多いか少ないかで、メタボになるかならないかの分かれ道にもなるそうです。勿論、メタボの原因は他にも色々ありますが、宮崎教授らの発見は、メタボと肝臓癌が結びつくという特徴をもっています。


●肝細胞が癌化すると(図の中央)、AIMは細胞内に入らずに、細胞の外側にへばりつく(詳しくは → こちら)。


 図の中央をご覧ください。癌化した細胞の表面でCD36にへばりついたAIMが塊になっています。その塊に、これまた血液中に沢山ある補体と呼ばれる免疫タンパク質がくっつくと、連鎖的にマクロファージが働いて、癌細胞を壊して食べてしまうというのです(図の右側)。もしAIMが少ないと、補体が刺激されることはなく、やがて癌細胞は増殖し、腫瘍を作りはじめます。


 さてお気づきですか?ここまでの話にコーヒーは出てきません。可能性がない訳ではありませんが、証拠がないのです。その可能性とは、AIMを細胞内に運び込むCD36のことで、実はその働きをカフェインが強めているのです。この様子を図2に書き込みました(詳しくは → こちら)。


 そして、もしこのときクロロゲン酸が同時にあると、CD36が運び込む脂肪酸と、AIMが中性脂肪から作る脂肪酸が、ミトコンドリアに移動します(図2を参照)。この移動を助けるのが、クロロゲン酸の刺激を受けたCPT1というタンパク質・・・という流れが考えられるのです(詳しくは → こちら)。まとめると、コーヒーを飲むとAIMの抗メタボ効果が強まる可能性があるのです。




 ではAIMの抗癌作用に対して、コーヒーは何かできるでしょうか。それは未だ解りませんが、何と今年のお正月、初荷で届いたネイチャー誌に、癌細胞のCD36について驚くような発見が書かれていました。実験材料は肝臓ではなく口腔癌患者の癌細胞とマウスですが、このお話は肝癌細胞にも当てはまる可能性が高いのです。驚くべき発見とは、


●CD36が多く発現している癌細胞は転移しやすい(詳しくは → こちら)。


 この論文によれば、口腔癌の転移にはCD36が必須であるというのです。つまり、CD36のない口腔癌は転移しないということです。ですから、もし口腔癌のCD36を減らすことができれば、転移を予防できるかも知れません。そこで論文では、CD36中和抗体を作製して口腔癌モデルマウスに投与しました。すると転移が抑制されただけでなく、既にリンパ節に転移していたマウスの癌が縮小し、15%の動物では完全に消滅したということです。


 さて、ここからがコーヒーの出番です。癌以外の研究分野の論文ですが、コーヒー成分がCD36の発現に及ぼす効果が調べられました。これまでにカフェイン以外の複数のコーヒー成分がCD36を抑制するとの論文が出ています。つまりコーヒーは、CD36に関して諸刃の剣ということです。この関係を表にまとめました。


●CD36に作用するコーヒーの成分は下表のとおり。




 この表で、クロロゲン酸(CGA)の作用は、体内代謝物のフェルラ酸とカフェ酸によると考えられます。代謝速度には個人差があるので、同じ量を飲んでも人によって代謝量に差があって、効果も異なると思われます(詳しくは → こちら)。トリゴネリンについては、以前から知られていたNrf2抑制作用が関係しているとのことです(詳しくは → こちら)。更に、CGAやカフェ酸などのポリフェノールが大腸癌の転移を予防したとの論文も出ています(詳しくは → こちら)。


 以上、やや細かな話になりましたが、「転移しない癌は怖くない」にも拘らず、転移予防薬がないという現状を考えますと、高価な抗体薬を待つ間は、せめてコーヒーを飲んで転移予防を期待したいと切に思うこの頃です。


(第304話 完)


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