まずは先進医療で開拓
目下、MGTxの柱は「医療技術」「医薬品」の2つ。健常な人のうんちから得た腸内細菌叢を患者に投与する「腸内細菌叢移植(FMT)療法」を行うことで患者の症状改善などにつなげようとしていることに変わりなく、前者では内視鏡を使ったり、後者ではカプセルにして服薬したりすることなどを想定している。
医薬品、まして便由来というまったく新しいモダリティ(治療手段)となる場合、承認を取得するには、長く時間がかかってしまうであろうことは想像に難くない。そこでMGTxは、日本では「先進医療」の枠組みを使い、まず実用化に漕ぎ着けようとしている。23年1月からは、順天堂大学とともに潰瘍性大腸炎を対象とするFMT療法を「先進医療B」として始めている。
最高医療責任者(CMO)としてMGTx取締役も務めている順大の石川大准教授によると、健常者の腸内細菌叢を患者に移すことで治療しようとの発想は古くからあり、4世紀頃にまで遡ることができるという。当時の中国の医師が食中毒や急性下痢症の患者に人便懸濁液を経口投与したという記録が残っているそうだ。まさにFMTの走りと言えよう。20世紀を迎えると科学的な研究も進み、1958年には米国で難治性クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)の患者に向けて行われた。
転機を迎えたのは13年のこと。オランダでCDI患者に対しFMTを実施した結果、従来療法と比べ、高い治療効果が得られたと報告されたことだ。これで一気に火がつき、海外では複数のベンチャーも立ち上がるなど活況を呈した。
当初、CDIばかりが注目されたが、近年の研究では腸内細菌叢の乱れがさまざまな疾患と関係していることが判明してきている。すでにMGTxで行っている潰瘍性大腸炎以外にも、がんやパーキンソン病でも相関関係を示唆する報告が積み重なっているという。こうした流れを捉え、MGTxでも、国立がん研究所と食道がん・胃がんを対象に免疫チェックポイント阻害剤とFMTの併用療法に関する臨床試験を今年8月に開始。10月には、順大とともに、パーキンソン病患者に対するFMT療法に関する共同研究に着手したとの発表も行っている。
さらなるFMTの社会実装を図るには、より簡便に患者が受けられるようにすることが欠かせない。例えばカプセル剤のような服用しやすい医薬品の開発が求められる。適応対象となる疾患がどこまで広がるかだが、中原社長は「医療技術で年数十億円、医薬品で年数千億円」と弾く。中長期的にはFMT市場は医薬品が主流になるとの見立てだ。
足下、MGTxも医薬品によるFMT療法の研究開発を潰瘍性大腸炎向けに進めており、前臨床段階にまで来ている。20年代後半に第Ⅱ相試験を終え、30年代前半の第Ⅲ相試験入りを目標に掲げる。外部企業との連携を通じて実用化に漕ぎ着けたいとし、製薬会社を念頭にしつつ、食品メーカーなどにも広く呼びかけていく考えを示す。
併せて、「人力に頼っていたら生産性に課題が生じる。何よりも精神的にもつらい」(中原社長)ことから、凍結乾燥した便の粉末を原薬に、経口カプセルにするための工業的な製造プロセス確立に向けた検討にも乗り出している。その一環としてJSRと提携し、川崎市の同社ラボに治験薬製造施設を立ち上げ、25年内に稼働する計画も打ち出す。
便由来医薬品ではサプライチェーン構築も独特となる。化学合成による原薬・中間体を材料とする低分子医薬品、細胞培養で得るバイオ医薬品と違い、便は通常、トイレで流されてしまうことから集めるのが大変だ。加えて、誰でも良いという訳ではなく、安全性と質と量の確保が大前提となる。
そこで中原社長が参考にするのが、同様に人体由来の物質を原材料とする血液製剤だ。米国を中心に世界で集めた血液を豪州で製剤化している豪製薬大手CSLベーリングのような、うんちのサプライチェーンを組もうとしている。