市場予測より強気


 血糖値を下げ、食欲を抑えるホルモンであるGLP-1の製剤は、当初は糖尿病薬として登場した。なかでも代表的なものが、デンマーク・ノボノルディスクの「オゼンピック」だ。のちに同成分は製品名を「ウゴービ」と変え、21年に抗肥満薬として売り出している。日本にも参入済みだ。


 一方、米イーライリリーも糖尿病薬の「マンジャロ」を、肥満薬に転用。米国では23年から「ゼップバウンド」の名前で販売している。こちらは、まだ日本では開発中にとどまる。


 もっとも、肥満薬はまだ「望めばすぐに手に入る」というものではない。急激な需要増で、そもそも製品が足りていないという状況もあるが、保険償還されるかどうかの問題があるのだ。


 民間保険が主流の米国では、加入プランによって償還される医薬品や範囲が異なる。近年では、薬剤費の支出をコントロールしたい保険者側が、保険償還の判断をどんどん厳しくする傾向にある。もちろん、肥満薬も例外ではない。事前に、医師の診断書の提出が求められるケースもある。


 さらに、薬価の引き下げ圧力も強まっている。22年に成立した「インフレ抑制法」に基づき、高齢者を対象とした公的医療保険であるメディケアで、これまで認められていなかった製薬企業との薬価交渉が解禁。8月には、最初に選ばれた10品目の交渉結果が公表された。値下げ幅は38〜79%にまで及び、IQVIAのルーク・グリーンウォルト市場アクセスセンター担当副社長いわく「すでにほかの製品の価格にも影響が出はじめている」状況だ。糖尿病薬のオゼンピックも将来的に交渉対象へ加えられると見られ、その結果は肥満薬の価格にも波及しかねないと懸念する。


 だが、米リリーで糖尿病事業部を統括していたエンリケ・コンテルノ元上級副社長は、世界の肥満薬市場は「1500億ドルくらい行くのでは」と、IQVIAの予測以上に強気だ。


 というのも、肥満症の患者は、たとえ保険が効かず自腹を切ることになっても「治療にお金を払いたい」と思っているとの調査データがあるのだと話す。糖尿病などの疾患であれば、患者も「保険がカバーしてくれる」と考えるが、肥満症の場合は、まさか保険で払ってもらえるとは端から考えていない、というわけだ。


 10倍の価格でも注射でもいいから、とにかく治療薬があるなら買いたい——こうした患者、もとい消費者の心理が市場を牽引するのだという。