最初から熱意がない
残念なことに石破首相が社会保障制度改革について、考えを披露したことはほとんどない。例えば、岸田政権にほぼ赤信号が灯っていた2月。日本医薬品卸売業連合会と薬業政治連盟(医薬品卸の政治団体)が共催した特別講演会で1時間ほど語ったが、鉄板ネタの田中角栄元首相との思い出、得意の安全保障以外では、民主主義とその危機、資本主義といった難しい話ばかり。社会保障制度関連では少子化対策に触れた程度だった。
結局、石破政権における社会保障制度改革は何かを探るには、自民党公約を見るほかない。少々抜粋する。
「すべての世代が安心でき、能力に応じて支える、持続可能な全世代型社会保障を構築する」
「予防・健康づくりを強化し健康活躍社会を創る。女性の健康支援の総合対策、がん、 循環器病、難病、移植医療、依存症等への対策を推進する。食品の安全を確保し、公衆衛生の向上を図る観点からも生活衛生業を振興する。感染症危機管理体制を整備する」
「地域の医療・介護・福祉の基盤を守り、今後とも必要なサービスが提供されるよう、提供体制の整備を推進するとともに、必要な人材確保に向け、賃上げ等の処遇改善を進める」
全世代型社会保障は安倍政権が提唱し、菅義偉政権、岸田政権が引き継いだ政策に過ぎない。女性関連の健康支援対策は菅政権が不妊治療の保険適用で実現、感染症をはじめとした疾患対策はどんな政権でも取り組まなければならないテーマだ。
話を続ける。
「経済安全保障では、先端半導体、AI、量子、バイオ等の世界経済や秩序をけん引できる先端分野における技術開発に向けた強力な投資、半導体、 医薬品、電池、重要鉱物等の重要技術・物資のサプライチェーンの強靱化、経済的威圧への取組み、機微技術の管理やインテリジェンス体制の強化を図る」
医薬品にあえて触れれば、岸田前首相が退陣表明2週間前に主催した7月30日の政府「創薬エコシステムサミット」があった程度。このとき岸田前首相は「医薬品産業を成長産業・基幹産業と位置付け、政府として、民間のさらなる投資を呼び込む体制・基盤の整備に必要な予算を確保し、政府を挙げて創薬力構想会議の提言を具体的に進めていくことを国内外に約束する」と宣言していたが、表舞台から消えた。
財政運営は、「『経済あっての財政』の考えに立ち、 デフレ脱却最優先の経済・財政運営を行い、経済の持続的成長を実現して将来不安を軽減し、 消費や投資がさらに喚起される好循環と、経済成長と財政健全化の両立を実現していく」と岸田前首相の政策を丸呑みしている。
繰り返すが、仮に石破首相が自公で過半数を維持して政権運営に当たったとしても、社会保障制度改革は、過去の歴代首相が進めてきたものを踏襲するだけである。
むしろ、石破政権にとって時限爆弾となりそうな話もあった。9月13日に閣議決定した「高齢社会対策大綱」だ。ここでは「持続可能な高齢者医療制度の運営」という項目があり、後期高齢者の窓口3割負担(現役並み所得)の判断基準の見直しについて、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」(23年12月22日閣議決定)で、28年度までの実施の検討を踏まえ、22年の2割負担導入の状況に注意して、話を進めるとある。岸田前首相の置き土産としては重すぎるテーマだが、石破首相に社会保障制度改革に対する知見がなければ、そのまま進めていたはずである。
自民党議員の裏金問題が今回の結果を招いたとはいえ、そもそもは岸田前首相が子ども対策の財源として社会保険料に手を突っ込み、物価高と相俟って可処分所得を減少させたところから火種は燻っていた。負担増も無理、抜本改革には政権基盤が弱すぎる石破政権が打つ手などほぼない。