企業と外部評価で「7倍強」の開き
先行でドラフト版が出たレカネマブの時とは異なり、今回はある程度、増分費用効果比(ICER)の数値が掲載されている。比較対照については、英国ではレカネマブは現時点(仮決定)で非推奨となっており、臨床的な使用実態がないこと、ガイドライン上も言及がないことなどから、とくに議論をすることなしにBSC(標準治療)が比較対照に選定されている。またレカネマブの分析では、軽度ADとMCIに患者群を切り分けて実施されていたが、ドナネマブでは両者を統合し、1つの群として分析が行われている。
価格交渉を行ったうえでのベースケースの分析結果は表1に示すとおりだ。いずれも、非公開の値引き(PAS)を加えたうえで、企業分析では1万9736ポンド/QALY(質調整生存年)。外部評価グループ(ERG)の分析では14万9531ポンド/QALYと、7倍強の開きがある。
増分費用は企業分析が1.4万ポンドなのに対し、ERG分析で3.4万ポンド、増分QALYは企業分析が0.71QALYなのに対し、EAG分析が0.23QALYと、どちらも大きな変化が見られる。なお両群の獲得QALYについて、企業分析は1.76対1.05QALY、ERG分析は3.89対3.67QALYと、差分のみならず絶対値も大きく変化している。この点は、ERG分析で用いられたQOL値のデータが、患者・介助者ともに疾患の進行の影響が小さい(重症化しても、QOL値が大きくは下がらない)ことによる。
表2に示すのは、アプレイザル委員会のスライド資料で、ICERの数値が企業分析 (1万9736ポンド)からERG分析 (14万9531ポンド)まで変化した際の過程を示している。3〜5列にあるような治療効果の持続期間・重症度別の施設入所率・認知症の死亡のハザード比の仮定が影響するのは当然のことだが、今回の分析ではEQ-5Dは使用されなかった。ただし、疾患特異的なQOL尺度であるQOL-ADは、一部の臨床試験でサブ集団に対して収集されている(6、7列)。
患者1人あたりの介助者数(8列)も重要な要素になっている。まず、患者のQOLに関して、企業が実施した臨床試験ではEQ-5Dは使用されなかった。
試験でのQOL評価は、18ヵ月時点までのQOL-ADスコアの変化を群間で比較するもので、両群に明確な差は見られなかった。モデルに組み込んだ認知症の重症度別のQOL値はオックスフォード大学のランデイロ氏らのメタアナリシスの数値を採用している。軽症・中等度・重症者のQOL値はそれぞれ0.74、0.59、0.36となる。
一方でERGは、ランデイロ氏らのメタアナリシスで異なる国の換算表で計算したQOL値をプールしていることが限界点であると指摘。英国・フランス・ドイツの3ヵ国で実施され、なおかつ英国の換算式を参加者全体に採用してQOL値を求めた「GERAS study」の結果からQOL値を組み込んだ。この場合、軽症・中等度・重症者のQOL値はそれぞれ0.71、0.64、0.51で、企業採用の数値よりも重症化の影響が小さくなる。
続いて介助者のQOLについて、企業提出データでは「介助者のQOLの測定には、EQ-5Dは感度がやや不十分である」として、英国の一般の人(N=304)を対象にTTO法(時間得失法)で測定した数値を使用している。親の介助を非同居親族・配偶者の介助を同居親族と仮定している。一方でERGは、EQ-5Dの使用を否定するほどのエビデンスはないとして、EQ-5Dで測定したGERAS studyの「主介護者」のQOLを使った。後者のほうが、QOLの低下は小さい。
アプレイザル委員会は、現段階ではERGの手法が妥当であると述べつつ、企業データの手法を採用するためには情報が不足しており、手法についてより詳細な説明が必要であると判断している。
またアプレイザル委員会は、レカネマブのケースと同様に、治療効果・死亡リスク・中断率・QOL値・投与関連費用など、データについて広汎な領域で不確実性があるために、費用対効果にも大きな不確実性が残っていると述べた。あわせて、適切に費用対効果の判定を行うために、表3に示すような追加のエビデンスが必要だとしている。
以上を踏まえて、現時点では最も可能性の高いICERの数値が通常のレンジを大きく上回ることと、不確実性が極めて大きいことから、ドラフト版ではドナネマブは非推奨と判断された。そのままでは給付が難しい薬剤について、追加のデータ収集を課しつつ「仮免許」的に給付を認める「Maneged Access Scheme」(MAS)の適用可能性も議論された。だが、レカネマブと同様に「追加のデータ収集によって、費用対効果が良好となる『ポテンシャル』がある」状況を満たしていないと判断し、MASの適用を認めなかった。ただし、さらなる追加的なデータ収集を含めた提案が企業から出されば、十分に検討の余地があると述べている。
パブリックコメントを踏まえた2回目のアプレイザル委員会は25年1月15日に、最終結果の公表は25年3月26日の予定である。