医工連携の息吹に触れる
当時の砂本氏は、リポソームを多糖で覆って人工細胞壁として働かせる研究を始めており、修飾や合成の化学実験に加えて細胞実験や動物実験もするよう言われた。ただ、有機金属化学の科学的厳密さに慣れた身としては、細胞や動物が当たり前に持つバラつきや多糖の構造の不均一性に少なからず戸惑いを覚えた。
そんなとき砂本氏が、第1回「高分子医薬と高分子性薬物運搬体─その開発と実用化に関する国際会議」を長崎で開いた。片岡一則・東京女子医科大学助教授(当時、現在はナノ医療イノベーションセンター長、連載②⑩に登場)や岡野光夫・東京女子医大助教授(同、現在は米ユタ大学教授、連載⑯に登場)、石原一彦・東京医科歯科大学助手(同、現在は大阪大学特任教授)など、医工連携に取り組む同年代か少し上の工学研究者たちと知り合い、大いに刺激を受けた。バイオマテリアルの研究に、自分も真剣に取り組んでみようと思った。
砂本研ではリポソームを用いたワクチンの研究も始まり、その縁で珠玖洋・医学部教授(当時、94年から三重大学教授、22年死去)と知り合った。
89年、砂本氏が京大工学部高分子化学科の教授へ異動することになった。長崎に残る選択肢もあったが、付いていくことにした。
改めて高分子の研究を立ち上げるよう指示され、親水性の多糖鎖に長鎖アルキル基やコレステロール基などの疎水性基を部分導入した両親媒性ポリマーが水中で自発的に会合して微粒子をつくるだろうと予測、取り組むことにした。
さまざまなノウハウを持った優秀な学生たちの協力も得て、2年以上じっくりポリマーを最適化しつつ水中挙動を探った結果、100糖あたり1個程度の疎水基を導入すると、その希薄な水溶液中でポリマー数分子が自発的に会合して直径数十nmの安定なナノ粒子を形成すると確認、93年の『Macromolecules』誌で報告した。
その年、組織変更に伴ってラボが大学院工学研究科合成・生物化学専攻所属となり、直後に助教授へ昇進した。
翌94年、開発したナノ粒子(多糖ナノゲル)が、内部に水溶性タンパク質を自発的に取り込むこと、周囲の条件によっては機能を保ったままで放出もできることを、同誌で追加報告した。これを見た珠玖氏は、がん治療用ワクチンの抗原タンパク質の担体として多糖ナノゲルを使い始めた。
さまざま試した両親媒性ポリマーのなかでもCHPは、とくに安定なナノ微粒子を形成すると発見、97年の同誌で報告した。以後、CHPの応用が研究の中心となった。
この年、「疎水化高分子の会合制御とバイオシミュレーション」で高分子学会賞科学賞を受賞した。ちなみに岡野氏も同じ年、片岡氏は2年後に受賞している。
翌98年、珠玖氏がマウスの肉腫で多糖ナノ粒子がんワクチンの免疫誘導効果と腫瘍移植拒絶効果を実証、『Cancer Research』誌で報告した。がんに免疫は無力と思われていた時代の画期的な成果だった。このときすでに、多糖ナノ粒子ワクチンがリンパ節に集積しやすいことは知られており、効果と関係ありそうだと考えられていたものの、そのメカニズムが今回明らかになるまで25年以上かかった。04年には、珠玖氏らによって多糖ナノ粒子がんワクチンの実用化をめざす株式会社イミュノフロンティアが設立され、同社によって、食道がんを対象とする臨床試験が10年代に日米で実施されている。