そして実用化へ


 研究を続けるうち、粒子が会合する因子として、疎水基同士の引力以外にも水素結合や荷電相互作用、金属の配位結合などを使えることが見えてきた。つまり多様な多糖ナノゲルを設計できる。タンパク質を取り込み放出できるのだから、タンパク質の選択性や放出の条件を整えれば、人工の分子シャペロンとなる。そんなコンセプトで99年、JSTさきがけ21の「組織化と機能」領域に応募、「動的高分子ナノ組織体による生体高分子の認識・応答・機能制御」として採択された。


 02年、公募のあった東京医科歯科大生体材料工学研究所教授に採用され、東京に骨を埋めるつもりで赴任した。07年、投資家から東京大学医科学研究所の清野宏教授(当時、現在は千葉大学特任教授)を紹介され、経鼻粘膜ワクチンの共同開発に着手した。CHPをカチオン修飾したら粘膜で滞留してから透過し粘膜に抗体を誘導できたので、10年の『Nature Materials』誌で報告した。なお、この知見に基づいて16年、経鼻ワクチンを開発する株式会社HanaVaxが設立された。同社の経鼻肺炎球菌ワクチンは、20年に塩野義製薬とライセンス契約を結んでいる。


 10年秋、思いがけず京大大学院工学研究科高分子化学専攻の教授となることになった。ゼロからラボを構築し直すのは大変だなと思っていたら、翌11年夏、JSTのERATOに「秋吉バイオナノトランスポータープロジェクト」が採択され研究総括となったことで、バイオインスパイアードマテリアルというひとつの学術領域を打ち立てることができた。


 ERATOが終わっても科研費は途切れず、16年度から基盤研究(S)「ナノゲルハイブリッド材料の創製と医療応用」、17年度からはCRESTに「糖鎖を基軸とするエクソソームの多様性解析と生体応答・制御のための基盤研究」が採択されている。


 並行して、珠玖氏や村岡氏(三重大助教を経て21年まで長崎大医学部准教授)らによるCHPナノゲルのがんワクチン研究は続けられた。17年には、プルランナノ粒子を利用した医薬品の開発を手掛けるユナイテッド・イミュニティ株式会社が設立され、秋吉氏は臨床科学諮問委員会委員に就いた。今回のCOVID︱19ワクチンは、教え子として珠玖氏の遺志を受け継いだ同社の原田直純会長が主導し、東大大学院医学系研究科のモイ・メンリン教授の協力のもと生まれた。


 23年4月、秋吉氏は定年を迎えた。医学部に籍を移して、現在も各種ワクチン用のナノゲル研究を続けている。


ロハスメディア 川口恭