Meiji Seikaファルマ(明治ホールディングス)が開発した新型コロナウイルスワクチン「コスタイベ」が世間の関心を集めている。SNSには、「シェディングにより、ワクチン接種者から周囲に感染させる」などのデマが氾濫している。
Meijiは、デマの拡散を主導した反ワクチン団体を名誉毀損で訴えるようだ。さらに、10月16日には、「科学的根拠のない話やデマの投稿が相次いでいます」という1面広告を全国紙各紙に掲載した。異様な状況である。
なぜ、こんなことになるのか。それは、日本人がワクチンを信頼していないからだ。20年9月、ロンドン大学の研究チームが、世界149ヵ国を対象に、各国のワクチン信頼度を調査した結果を『ランセット』誌に発表したが、日本は「世界で最もワクチンが信頼されていない国」と評された。安全性について、日本での信頼度は8.9%で、フランスと並び、モンゴル(8.1%)に次いで低かった。
ワクチンが信頼されていない日本では、アンチワクチンの記事を書けば読者が喜ぶ。だからこそ、記者はワクチンの危険性を煽る。多くの記者は、このことが問題であることはわかっているが止められない。新聞や出版社が営利企業である以上、売れなければならないからだ。ワクチン風評被害は、今後も繰り返すだろう。
どうすればいいのか。もっと歴史的背景を議論すべきだ。日本のワクチン開発は、厚生労働省による護送船団方式により、国内メーカー数社が独占してきた。その歴史は戦前に遡る。
戦前、ワクチン開発は内務省と縁が深い伝染病研究所(現在の東京大学医科学研究所と国立感染症研究所)、帝国陸軍の軍医たちが主導してきた。そのなかには悪名高い陸軍防疫給水部隊(731部隊)も含まれる。「軍産複合体」が仕切っていたと言っていい。
戦後も基本形は変わらなかった。関係者の多くは免責され、「軍産複合体」の系譜を継ぐ製薬企業や研究機関の幹部として復職した。
明治HDの子会社にKMバイオロジクスがある。前身は化学及血清療法研究所だ。戦前、太田原豊一・熊本医科大学教授の提唱で、同大学内に設置され、ワクチンや抗血清の開発・製造を担った実験医学研究所を母体として、1947年に設立された。太田原自身も、22年に熊本医大教授に就任するまで、伝染病研究所に勤務していた。
戦前の「軍産複合体」のやり方が強権的だったのは言うまでもない。今でもその影響が残っている。今回のレプリコンワクチンの承認でも、国民の安全を度外視し、関係者の利益を優先した。
そのひとつが安全性の軽視だ。ワクチンは健康な人に接種するため、高いレベルの安全性が求められる。米ファイザーや米モデルナのワクチンの承認が議論された20年ならともかく、コロナウイルスが弱毒化し、さらに他に使用できるワクチンがある現時点で、コスタイベを「仮免許」で承認しなければならない理由はない。
これまで、Meijiが公表している臨床試験は、828人と927人を対象としたものの2つだけだ。ワクチンの安全性を評価するには規模が小さすぎる。Meijiは東南アジアなどで大規模な治験を進めており、その結果が出てから承認してもいい。
私はコスタイベの可能性を高く評価する。注射したコロナウイルスのmRNAが体内で自己複製されるため、少量のワクチンで効果が長続きすることは、今後のパンデミック対策の準備のためにはありがたい。ただ、この可能性とコスタイベの安全性の検証は別次元の問題だ。
医療現場が、コスタイベを求めていないことは、厚労省もMeijiも認識しているだろう。彼らが、その安全性や有効性を喧伝しても、ファイザー製やモデルナ製を差し置いて接種を希望する医師や国民は少ない。私は、患者から「どのワクチンを打てばいいですか」と相談を受けると、「現時点では十分な使用経験がないレプリコンワクチンをあえて打つ必要はない」と説明している。
この状況でMeijiがやるべきは、大規模な治験を完遂させ、その結果を一流医学誌に発表することだ。レプリコンワクチンは、前途有望なワクチンだから、厳しい査読を受けた後に、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』が掲載するだろう。ファイザー、モデルナは、こうやって世界の医学界の信頼を得てきた。だからこそ、世界中で接種された。
厚労省やMeijiは、このようなステップを省略した。それは金のためだったのではなかろうか。