不当性が浮き彫りに
訴訟は提訴から1年4ヵ月後の2019年12月に結審し、大津地裁は20年4月14日に判決を言い渡した。同地裁は、「説明義務違反があった」という原告の主張を退け、その請求を棄却する一方で、争点だった事実関係の多くに関しては原告側の主張を認めた。それにより、小線源治療をめぐる滋賀医大当局や河内教授らの対応の不当性が改めて浮き彫りとなった。
連載第2回で触れたように、原告側は訴えの根拠の一つとして、医師の説明義務などが争点になった訴訟の最高裁判決を援用した。この判決は、01年11月27日最高裁第三小法廷が出したもので、次のように医師の説明義務を認めた。
「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される」
原告側は、岡本医師の小線源治療について、成田医師による小線源治療と異なる「他に選択可能な治療方法」であり、同治療の経験がなかった成田医師には、同じ病院内にいる岡本医師が多数の実績・良好な成果があることを患者に説明すべき義務があったと主張した。これに対し被告側は、成田医師は岡本医師の指導の下でチーム医療として小線源治療を実施しようとしていたのだから、術者の個別の経験を説明する義務はないと主張した。
大津地裁は、研究教育機関である大学病院には医師を指導育成する役割があり、実際に施術を担当する医師の経験が十分でなかったり、初めての施術であったりすることもあり、こうした術者の未熟さは総責任者をはじめとするチーム全体によって補われ、結果として期待される質の高い医療が患者に提供されることが当然に予定されているとし、「大学病院におけるチーム医療という前提の下では、担当する術者の個別の経験を患者に説明する必要はないと解される」との判断を示した。そのうえで、争点となった、成田医師による小線源治療が岡本医師を指導医とするチーム医療により行われようとしたものだったか否かを検討した。
結論から言えば、大津地裁は被告側が主張したチーム医療の存在を認めなかった。
その理由として挙げたのは、①成田医師が小線源治療を行う予定だった患者のうち岡本医師が診察したのが1人だけだった、②成田医師が岡本医師の指導に応じていたにもかかわらず岡本医師が指導を怠ったという状況ではなかった、ことなどである。
また、岡本医師の小線源治療は医療水準として確立されており、治療手技の習熟のための訓練もまったく経ていない成田医師による小線源治療とは「質的に異なるもの」であって、患者への説明義務の関係では、「選択可能な治療方法と位置付けることができるというべきである」との判断を示した。
にもかかわらず大津地裁は、成田医師がすべての患者に対して、一律に他の選択可能な治療方法として岡本医師による小線源治療を説明しなければ説明義務違反になるとまでは言えず、「あくまで、患者の意向、症状、適応等を踏まえ、個別に診療契約上の説明義務の存否を判断すれば足りる」とした。
Aさん(滋賀県内の病院で左腎がんと前立腺がんと診断され、15年7月に滋賀医大病院を受診)とBさん(15年2月に滋賀医大病院泌尿器科を受診し、前立腺がんと診断)の2人について大津地裁は、岡本医師の治療をとくに希望して滋賀医大病院を受診したわけではないことなどを理由に、説明義務違反を認めなかった。「道義的な問題は別として、法的な観点からは診療契約上必要な説明が尽くされなかったと断ずるにはいまだ足りず」とした大津地裁も、「道義的な問題は別として」の後のカッコ内に「より経験豊富で治療成績の良好な医師である補助参加人による治療を受けたいとする患者の願いは、至極もっともなことであって、当裁判所もこれを否定するものでは毛頭ない」との文言を記載した。
一方、CさんとDさんについて大津地裁は、岡本医師による小線源治療を希望しての受診であることを容易に推測できたはずであるとして、成田医師は、岡本医師による小線源治療を説明し、その受診を希望するかを確認すべき診療契約上の義務を負っていた、と判断した。だが、「診療契約上必要とされる説明を尽くさなかったことをもって、不法行為を構成するとまではいえない」と述べ、損害賠償請求については棄却した。成田医師が説明を尽くさなかったことで2人が受けた不利益は大きなものではなく、岡本医師の治療を期待して滋賀医大病院を受診したものの一時的に実現せず、結果的に遅れただけ、というのが大津地裁判決の結論だった。
説明義務違反による損害賠償請求は認めなかったものの、大津地裁が判決で認定した事実関係に着目すると、多くが原告側の主張を認めるものだった。