ヘルスケア企業トップの不祥事内容として最悪の部類


薬物犯罪に厳しい中国


 翻ってオリンパスである。足元の業績の数字は円安にも助けられて悪くはない。25年3月期は売上高が前年比9.0%増の1兆90億円、営業利益は前期に部品調達先の被災で生じた販売計画の遅延がなくなることなどから同242.4%増の1760億円を予想する。だが、細かく見ていくと懸念材料が散見される。その筆頭格は国内とほぼ同規模に成長した中国市場の「変調」だ。


 オリンパスは1972年の日中国交正常化直後から、中国での内視鏡の普及に取り組んだ対中ビジネスの老舗であり、長年にわたって同国マーケットの成長を牽引した。ところが昨今は、同業他社との激しい競争に直面しがちに変わった。まず、米中対立を背景に、中国政府が自国製品を優先的に購入するよう国営企業などに求める「バイ・チャイナ」運動により、外資の医療機器メーカーに向かい風が吹き始めた。


 内視鏡は一応、例外品目に認定されているものの、かつてのように、船来品を積極購入するムードはなくなった。


 加えて、習近平総書記が医療セクターをターゲットに中国全土で展開している「反腐敗闘争(運動)」も、中国市場での医療機器の売買取引をナーバスなものに一変させた。周知の通り、中国の医療従事者が見せるカネへの執着は日本の比ではなく、とりわけ大病院の経営幹部らによる収賄や裏金、横領などの横行は目に余るものになっていた。医療セクターの浄化に指導力を発揮することで3期目の権力基盤を強めたい習政権の意向が色濃い「反腐敗」には、納入業者としては賛同するしかなく、オリンパスも営業的に攻めあぐむ状況が続いている。


 こうした環境下で起きたのが冒頭に触れたCEOによる薬物事件だった。全容はまだ不明なものの、常習性と悪質性が強く示唆されている。他の幹部らは見て見ぬふりをしていたのではないかとの疑いも禁じ得ない。片や、中国政府は「アヘン戦争」を民族的トラウマと捉えており、中国刑法347条などを根拠に薬物犯罪については非常に厳しい姿勢で臨むことで広く知られている。オリンパスで発覚した薬物汚染が組織的なものでなかったとしても、今後しばらくは、公安による警戒や監視の対象となるといった「足枷」を課せられることになろう。最悪の場合、過去半世紀にわたって右肩上がりの成長を続けてきた対中国ビジネスが分水嶺を迎えることも予想できなくもない。


 懸念材料はほかにもある。影響が長期化しかねないという部分では中国マターよりも深刻かもしれない。ガバナンスへの信頼が、前回とは別のかたちながら再び大きく揺らいだという部分だ。


 11年に発覚した粉飾決算事件では、「経営の中心部分が腐っており、その周辺部分も汚染されていた」と第三者委員会に厳しく指摘された後、新経営陣のもとで企業風土をイチからつくり変えたと喧伝していた。大手メディアが何を見てそう思ったのかは不明だが、同社の経営に透明性と健全性が伴ってきたと概ね評価していた。類似のトラブルが起きず、業績の変動も落ち着いてきたからであろうか。


 もしそうだとしたら、何とも浅はかな見方であった。「メジコン」などと違って裏の世界でしか流通しない複数の違法薬物に、上場企業のCEOという社会の公器の代表が関わるなどということは、偶然にはまず起きない。構造性を含み持った反社マターそのものである。ちなみに粉飾決算事件を調査した際の第三者委員会は「反社会的勢力の関与を裏付ける証拠は見つからなかった」と報告している。だが、この時に調査にかけた期間はわずか1ヵ月だった。20年以上に及んだ“飛ばし”という裏工作に、闇の紳士たちが指一本も触れなかったと考えるほうが難しい。


 よしんばその時にはシロであっとしても、すぐには治らぬ組織としての脇の甘さから、コンタミネーションしてしまった可能性もある。何しろ反社からすれば、脛に傷をこしらえたばかりの「良い子」になりたいキャッシュリッチな企業ほど、美味しくてしゃぶり尽くしたい獲物はないからだ。通報により捜査機関に報告したという今回のオリンパスの発表内容に隠し事がないのなら、コンプライアンスが制度設計通りに働いたと能天気に「評価」するよりもむしろ、反社勢力にこれ以上蚕食されるのを、身を切る覚悟で防いだという「危機」のほうに注目すべきだ。


 それにしても、いわゆるアッパー系とダウン系の薬物を交互に求めざるを得ないほど、オリンパスのトップというのは強い圧力に晒される立場なのかと、訝しく感じるのも事実である。その意味でも竹内暫定CEOに求められる最優先の仕事は、カウフマン氏と反社のつながりと経緯を、偽りなく詳らかにすることだ。


 今後、連中の“しのぎ”が一層厳しくなるにつれ、年収1億円超の高禄を食む企業の社長や会長は、より反社に狙われやすくなると予想される。世間を知らない製薬企業のトップなど、いいカモだろう。「他山の石」とするためにも、早急な対応が求められる。