ルール外れ事前検討する「ルール」


「年間1500億円を超えると見込まれる品目は、中医協で前もって薬価算定方法の議論を行う」


 先行するレケンビも、この高額薬の事前検討ルールの対象となった。議論の結果、レケンビは原価計算方式で算定。補正加算や市場拡大再算定などは「通常通り」に適否を判断することになった。


 ただし、費用対効果評価を行う際に、特例的な対応として、メーカーが提出する「介護費用データ」も検討材料とする枠組みを設けつつ、「新たな価格調整方法」を設定した。この価格調整方法がポイントだ。


 日本の費用対効果評価制度では、ICER(増分費用効果比)を用いている。ICERとは、既存治療から新薬に変更した際の追加効果1QALY(健康な1年の生存年延長)を得るために「必要な追加費用」を表す指標になる。


 通常なら、算出されたICERの値によって、価格調整係数(1.0、0.7、0.4、0.1など)が決まる。収載時に得た有用性系加算分(画期性加算、有用性加算IとⅡ)についてのみ、その係数を掛けることで加算の維持・減額といった対応を行ってきた。実質的に、当初取得した加算の「妥当性検証」のような位置付けだ。


 ところが、レケンビに関しては、あらかじめICERに「閾値(いきち)」を設けることにした(参照)。ICERが1QALYあたり500万円/QALYより低い場合は、費用対効果が「良い」と判断して価格を引き上げる(左図)。ICERが1QALYあたり500万円(500万円/QALY)より高い場合は、費用対効果が悪いとみなして価格を引き下げる(右図)。



 では、どれだけの範囲を調整するのか。500万円/QALYとなる価格(閾値価格)と、見直し前の価格の「差額」を算出し、その差額の25%を調整額とする。


 ICERが500万円/QALYとなる価格が、見直し前の価格より高い場合は調整額を加えて引き上げ、低い場合は調整額を減じて引き下げる。有用性系加算部分だけでなく、薬価本体を含む全体の価格が価格調整の対象だ。


 調整後価格に関しては、上限は価格全体の110%(調整額が価格全体の10%以下)、下限は価格全体の85%(調整額が価格全体の15%以下)と定めた。


 閾値の設定に対しては、製薬業界から疑問の声が上がる。厚生労働省はこれまで、基準値という表現を用いてきたにもかかわらず、レケンビの特例的対応で突如「閾値」という言葉が使われたからだ。しかも、妥当性に関する詳細な議論がないまま、500万円を閾値として使用することになった。


 過去の国内調査で1QALYあたりの「支払い意思額」(国民がいくらまでなら払ってもよいと考える金額)は「500万円前後」との結果が出ていたが、厚労省は費用対効果評価制度の構築の際、新たに計画した支払い意思額の調査を行うことを断念している。一般市民へのアンケートで公的医療保険からの支払いを許容する額を尋ねる手法に対し、実効性の観点などから疑問の声が相次いだためだ。


 そのうえで、500万円/QALY、1000万円/QALYなど複数の基準値を用いて、価格調整を行ってきた経緯がある。


 以上のようなレケンビに採用した費用対効果評価を、ケサンラにも同様に当てはめる方向だ。ケサンラ自体の費用対効果分析を実施するか、類似品目としてレケンビの費用対効果評価に基づく価格調整に準じて、ケサンラの薬価を調整することになる。特例的対応は通常の費用対効果評価制度と異なり、有用性系加算部分に限らず、価格全体に調整が及ぶため、引き下げの場合に薬価本体部分まで浸食されるおそれがある。


 もっとも一連の特例的対応には、引き下げだけでなく、引き上げも含まれており、そうした意味では、フェアな仕組みに映るかもしれない。しかし、通常の費用対効果評価制度が19年度に始まり、5年が経過し、約40品目の評価が完了しているが、これまでに「引き上げ」となった事例はひとつもない。


 レケンビに続き、ケサンラでも閾値を用いた特例的対応が行われ、今後も同様の認知症治療薬が開発された場合には、同じ道を辿る可能性が高い。現時点では特例的対応でも、事例が積み上がれば「より広範囲に適用」する方向にシフトしかねない。


 製薬業界は、費用対効果評価制度で価格調整範囲が薬価本体に食い込むことに抵抗し、撥ね退けてきたものの、制度はそのままで「特例的対応で事例が増え、既成事実化される」懸念が残る。


「高額薬対応だから」

「認知症薬だから」


 そうした理由で、特例的対応を許している現状は、じわじわと「イノベーションを阻害する」制度設計に向かってはいないだろうか。