若年入院患者に交流の場を


 岡山大学病院では、骨肉腫の患者は中学生までは小児科病棟に入院するが、高校生から整形外科に移る。整形外科病棟では骨折や人工関節手術を受ける高齢患者が多く、早期退院が一般的なため、若い患者が孤立しやすい。長谷井氏は、AYA世代(15歳〜39歳)の希少がん患者が孤立している状況を目の当たりにし、交流の場を提供できないかと考えた。


 患者会に詳しかったこともあり、メタバース空間のアイデアが生まれた。22年には独学で技術を学び、助成金を得て開発に着手。現在、国内15ヵ所の病院でこのメタバースが導入されている。


 患者は専用ゴーグルを使ってアバターでメタバース空間に入り、南の島や星空の山中などでリラックスしながら会話ができる。音響もリアルに再現され、実際に外にいるような感覚も体験できる。(画像1)「ゴーグルを装着して、リップシンク機能で声と唇が連動することで、実際に会話している感覚が得られます。自然環境が会話に与える影響は大きく、夏休みの話や地元のお祭りなどの話題がよく出ます」(長谷井氏)。これまでに40人弱の患者が体験し、好評を得ている。


画像1 自然あふれるメタバース空間の中、アバターだから気軽に交流ができる(画像提供=長谷井教授)


 一方で、導入には課題もある。治療で忙しい医師からは断られることもあり、ゴーグルやネットワークの設定、医療者間の調整といった細かな準備が必要だ。それでも、実際に体験した患者からは 「(学校の友達とオンラインで交流しても)終わった後に画面が切れると、自分だけ取り残されているように感じるけど、ここでは皆入院していると感じて孤独にならなかった」、「退院したら会いに行きたい」といった感想が寄せられており、今後も患者のQOL向上のために取り組みを続けていく予定だ。 


 このメタバース空間を活用し、LGBTQの若者支援も行っている。「LGBTQの若者の多くが保護者にカミングアウトできていなかったり、自殺を考える子もいたりと、相談相手がいなくて困っている現状があります」(長谷井氏)。LGBTQに関する社会的認知は高まっているものの、若者が安心して自己開示できる場は依然として少ない。メタバース空間のアバター機能と匿名性を活かし、民間団体と連携して月に2回の交流イベントを提供している。


 入院患者のメンタルケアのため、国内で初めて生成AIを活用したチャットサポートを開発した。「AIは間違うこともあるので、診療そのものではなく、人が対応できない部分で連携するかたちで使っていくのが良いと考えています」(長谷井氏)。入院中に公認心理師などから受けられるメンタルサポートは週に1〜2回で、1回30分程度と限られることが多い。患者が不安を感じてもスタッフに話しかけにくい時や夜間などに役立つことを想定している。現在、同院の全診療科で導入され、国内4ヵ所の大学病院でも使用が始まっている。


 AIは小中学生向けと高校生以上向けに対応する2つのモデル(画像2)があり、それぞれに親しみやすいアバターが設定されている。患者は不安な気持ち以外にも、漫画や音楽、学校や仕事などプライベートの相談もできる。また、自殺をほのめかす発言があった場合は医療者に通知され、リスクを拾い上げる仕組みもある。実際に使用して「人には話せないけど、AIには話せた」と答えた患者も多かった。


画像2 上段が小中学生モデル、下段が高校生以上向けモデル(長谷井教授より提供された画像を一部改変) 


 使用した小児科医師からは、「ダラダラとした会話でも付き合ってくれるAIは、患者が遠慮なく気持ちをぶつけられる点で良い」「傾聴や共感があり、アドバイスを押し付けるのではなく提案してくれるなど、実診療で我々がやっていることに近く、とても良い」と好評だ。