創業家の利益に執着


「オーナー会長だけが懐を肥やし、従業員は低賃金に据え置かれ、会社の成長を妨げている」と話すのは、株主代表訴訟を起こしたカナメキャピタルの槙野尚氏だ。


「フクダ電子では創業家2代目の福田孝太郎会長の報酬は、この10年間に1億円から4億円と4倍になっているのに、従業員の給与は今年こそ4%ほど上げましたが、それまでの10年間というもの低いままに据え置かれている。フクダ電子はまるで創業家の打ち出の小槌になっている」


 ちなみに、槙野氏は東京大学法学部卒業後、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社。株式調査を担当後、エンゲージメント投資(投資先企業と建設的な目的を持った対話)に携わり、その後、米コロンビア大学大学院に留学。MBA取得後、カナメキャピタルに加わったという秀才だ。しかも『創業家持分が多い企業のガバナンス』という論文を発表したこともあり、オーナー企業の実態に知悉した人物である。


 ついでに言えば、株主総会で株主提案を行なったのは「ジャパン・アブソリュート・バリュー・ファンドLP」。株主代表訴訟を提起したのはカナメキャピタルだが、どちらも一心同体、紙の裏表のような存在だ。槙野氏によれば「ジャパン・アブソリュートは資金を募り投資するファンドで、カナメキャピタルはマネジメントするファンドです」という間柄だ。カナメキャピタルは長年、外資系ファンドで日本株、アジア株を専門にしていたエリック・アイコニクス氏とトビー・ローズ氏が創設した日本株専門のファンドで、槙野氏は設立直後に加わったパートナーである。すでにカナメグループの投資先企業はフクダ電子のほかに、フロイント産業やヤマタネなど、20数銘柄に上るが、ある証券マンによれば「ほとんどが金融機関の信託口座にしているため、株主提案でもしないと当事者以外は分からない」存在だ。


 それはともかく、株主代表訴訟で指摘しているのは3点。第1がフクダ電子では創業家の福田会長が役員報酬決定権を握り、自分の報酬を恣意的に引き上げている行為。第2は創業家所有のアトミック産業から独占的に記録紙を高額で購入していたうえ、このアトミック産業を子会社化したときに265億円相当のフクダ電子株を福田会長に交付した問題。第3に創業家が設立した福田記念医療技術振興財団の支援に、9億円相当の株式を無償割当し、安定株主づくりをした行為は会社法が禁止する利益供与に当たる、という主張だ。内容を見る限り、フクダ電子は創業家の福田会長のワンマン会社のようなのである。


 槙野氏が説明する。


「福田会長の10年前の報酬は1億3600万円でしたが、10年後の23年の報酬は4億3400万円となっている。ところが、従業員の給与は今年こそ4%強引き上げましたが、それまで業績が向上しているにもかかわらずほぼ横ばいだった。嫌気をさして退職した社員も多いと聞きます。それにフクダ電子は創業家が100%の株を持つアトミック産業から独占的に記録紙を購入することでアトミック産業は毎年5億円の営業利益を上げていた。利益率で30%になる。このアトミック産業を15年に完全子会社化しましたが、その代金として265億円相当のフクダ電子株を創業家に交付している。これは創業家に対する利益供与です」


 一見、カナメキャピタルはコワモテのように見えるが、実際は合併を促したり、配当の引き上げを強要するようなアクティビストではない。金融庁が策定した「責任ある機関投資家の諸原則」(日本版スチュワードシップ・コード)の受け入れを表明し、企業側と建設的な対話で持続的な成長をめざすアクティビストである。


 槙野氏が続ける。


「ライバルの日本光電は大学病院など大手の医療機関にせっせと心電計を納入しているのに、日本で最初に心電計を開発したフクダ電子はもっぱらクリニック相手のビジネスにとどまっています。売上高と利益率、そして株価の面でも日本光電に及ばない。日本光電はプレミアム市場に上場しているのに、フクダ電子は旧二部市場に相当するスタンダード市場に甘んじています」


 そのうえでフクダ電子が持てる力を発揮していないのは福田会長が自身の創業家の利益ばかり図る体質になっているからではないかと指摘する。


「実は、今まで何度も何度も取締役との話し合いを求めましたが、すべて拒否されました。ならば、と社外取締役との対話を求めましたが、返事はなし。今春、裁判を起こして取締役会議事録を見たら、なんと発言するのは福田会長だけ。社外取締役に至っては一言も発言していない。ただ、名前を連ねているだけの存在だった。株主との対話が嫌ならMBO(役員による株式買収)を実施して非上場にするべきです」(槙野氏)


 今年6月の株主総会には、社外取締役2人選任など5項目を株主提案したが、従業員の給与引き上げと買収防衛策の廃止項目は、業務執行問題、会社提案とダブるとして上程されなかった……。


 現取締役、元取締役が13人も訴えられたフクダ電子に聞くと、


「株主様のことですから何も言えない。ただ10年も前のことが多い」と語るのみだ。


 ある大手証券の法人部長が解説する。


「カナメキャピタルは技術がありながら低迷している中堅企業に投資し長期保有をめざすアクティビストです。以前、社外取締役や報酬委員会の設置を提案し、それらが実現していますから対話を求めたのでしょう。が、フクダ電子の株主は創業家と財団法人、メーンバンクのきらぼし銀行や生保、信託銀行などの安定株主が7割を占めている。アクティビストが何を言おうが相手にしない。カナメキャピタルも手こずるでしょうね」


 世の中には上場していても、こういう閉鎖的なオーナー企業もあるということらしい。