今回は連載31回と35回で取り上げた「エンレスト」(サクビトリル)/バルサルタン[Sac/Val])を再度取り上げる。ただし今回は高血圧治療薬としてである。降圧薬としての売り込みエスカレートを複数の医師から伝え聞いたためだ。「来年の改訂版高血圧ガイドラインにおける、第一選択薬への格上げが悲願ではないか」という声も聞かれる(現在は「原則として本剤を高血圧治療の第一選択薬としないこと」という縛りあり)。そこで降圧薬としてのSac/Valを、まず費用対効果(コスパ)の点から検討したい。
日本人を対象とした同剤の降圧作用は、オルメサルタンとの無作為化二重盲検試験で検討された(①)。Sac/Val群は通常用量の200mg/日と最大用量400mg/日が用いられたのに対し、オルメサルタンで用い得たのは通常用量である20mg/日のみである。
その結果、Sac/Valは200mg/日でもオルメサルタン20 mg/日に比べ8週間で収縮期血圧は5mmHgの有意低値となった。同様に、8週間後の診察室血圧「140/90mmHg未満達成」率(血圧管理成功率)もSac/Val群で11%の有意高値だった。
ここから血圧管理成功NNT(治療必要者数)を算出すると「10」となる。つまりオルメサルタン20mg/日の代わりにSac/Val200m/日を使えば10人中1人が血圧管理に成功する。だが残りの9人は、どちらを使っても血圧管理に成功する確率は変わらない。
ではそれに要する費用はどれほどだろう。Sac/Val200mg/日を8週間服用すると、オルメサルタン(ジェネリック)20 mg/日に比べ1人あたり約9000円余分にかかる。1年間飲み続ければ5万9000円弱の追加出費だ。「10分の1」という確率に対する賭け金として妥当だろうか。
またこの試験では検討されていなかったオルメサルタン40mg/日(高血圧に対する承認最大用量)が、仮に使えていたらどうなるだろう。
欧州での検討ではあるが、同剤20mg/日で血圧管理不良だった302例を40mg/日に増量したところ、8週間後には収縮期血圧が5 mmHg低下したと報告されている(②)。日本での比較におけるSac/Val200mg/日と同等の降圧幅だ。従って降圧成功率も両剤で同等だった可能性がある。そうなった場合、Sac/Val200mg/日の代わりにオルメサルタン40mg/日を用いれば、薬剤費は1年間で1人あたり5万7000円強を節約できる。
加えてSac/Valは「予後改善作用」が証明されていない。現在、高血圧GLが第一選択とする降圧薬はいずれも、高血圧患者で脳・心臓血管系疾患の抑制作用が証明されているがSac/Valにはそのようなエビデンスがない。
ここで想起されるのはALLHAT試験だ。当時「夜間血圧低下を介した心臓血管疾患系抑制作用」が期待されていたα遮断薬が、血圧だけでは説明のつかない心不全発症増加のため早期に中止となった(③)。また前臨床研究や小規模臨床試験などから、Ca拮抗薬を上回る心臓血管系保護作用が確実と考えられていたバルサルタンも、大規模無作為化試験「VALUE」を実施するとCa拮抗薬に勝てず、逆に心筋梗塞は有意に増えていた(④)。数少ない実例を見るだけでも「エビデンスのない薬剤」の危うさがわかろうというものだ。
高血圧にSac/Valの処方提案があったら、ぜひ思い出したい。
①Hypertens Res 2022;45:824
②Clin Drug Invest 2007;27:545
③Ann Intern Med.2002;137:313
④Lancet2004; 363: 2022