辻村氏の発言に注目


 では、田辺三菱を核としたファーマ事業はどのような立ち位置にあるのか。


 まず長期ビジョンの注力事業ではその姿を確認できない。「ベストパートナー探索」とただ記されているだけだ。反面、新中計での書きぶりはやや異なる。ケミカルズ事業を大きく伸ばす方向に変わりはないが、ファーマ事業も24年度見通し610億円のコア営業利益を最終年度の29年度には1070億円にまで拡大し、4ケタの大台に乗せる。具体策として、①国内事業構造改革による大胆なコスト最適化、②筋萎縮性側索硬化症治療薬「ラジカヴァ」など主力3製品の拡販、③開発後期品のパイプライン強化—︱を盛り込んだ。


「思っている以上に稼ぐ力はある」。これが筑本社長のファーマ事業に対する評価だ。では何故、グループ事業に置き、距離を取るのか。


 最大の理由はケミカルズ事業を「大きく展開する」と宣言し、多額の投資を行う覚悟を決めたからだろう。その際、年々かさむばかりの田辺三菱の研究開発費は重い。事実、「田辺三菱という素晴らしい会社をもっと伸ばすために、もっと資金力が必要」と筑本社長は語る。モダリティ(治療手段)の多様化が進み、化学メーカーと親和性の高かった低分子医薬品の存在感が薄れてきたことも大きい。


 そうすると、字面だけ読めば、ファーマ事業、すなわち田辺三菱の売却は既定路線とみるのが普通だろう。しかし、「我われが(田辺三菱を)切り離すという決断をしたことはない」「今の時点で何も申し上げることはない」「(ベストパートナーの)今これだという答えは持ち合わせていない」と筑本社長の口が重いのはどうしてだろうか。


 無論、駆け引きもあるが、今のままでは田辺三菱を売れる算段がまったくつかないからではないかという見方で業界関係者は概ね一致する。ジョンマーク・ギルソン前社長の時から浮上していた田辺三菱の身売りだが、この間、3000億〜6000億円とさまざまな数字が飛び交う。田辺三菱を完全子会社化した時に投じた「4900億円は上回りたいはず」(競合首脳)だが、同業他社で手を挙げる企業は見当たらない。新薬進出への野心を隠さない後発品メーカーも数年前ならば候補になり得たが、安定供給対応を前に、「そんな余裕はない」(大手トップ)。


 外資系に目を向けても、主立った欧米系は国内に拠点はあり、買収の意味はない。新興国系製薬企業は、政府の経済安全保障政策の観点から、「価値観を共にしない国・地域からでは無理だろう」(国内製薬幹部)との見方が支配的。残る可能性は日本進出をめざす欧米系ベンチャーくらいだ。


 ならばファンドはどうか。もちろん選択肢だが、「2000億〜3000億円ならばともかく、5000億円以上ならば単独で手を着けられるファンドは考えつかない」と金融機関関係者は首をひねる。何よりも現状のパイプラインに見るべきものがないのが痛い。


 そこで注目したいのが13日の説明会でのファーマ事業所管の辻村明広執行役エグゼクティブバイスプレジデント(田辺三菱代表取締役)の発言だ。自社の強みを低分子、中分子としたうえで、前臨床などに「パイプラインは結構ある」と強調する。併せて、海外での共同開発なども「パートナーだと認識している」と語ったのだ。


 提携などによって少額出資を得て時間を稼ぐ間、パイプライン拡充を急ぎ、自社の付加価値を高め、最終的に売却にこぎ着ける。そんなシナリオも垣間見える。


 折しも、武田薬品出身で、同社の生活習慣病領域の研究者と資産を切り出したスコヒアファーマ設立に携わったという荒木謙氏が8月、三菱ケミカルGに執行役員として加わった。所管は奇しくも「ポートフォリオ改革推進」だ。


 筑本社長は、今年度からの3年で「明確な改善を示す」と言い切っている。必ずしも売却というかたちではないにせよ、ベストパートナー探しの旅路はそう長くならない可能性もありそうだ。