数値の見せ方に誠実さがない


決算の見せ方は不誠実


 国内製薬業界では目下、パテントクリフの克服に「失敗」した住友ファーマや、企業再々編の道に再建を賭ける田辺三菱製薬の苦境にとかく関心が集まりがちである。だが、アステラスが直面する閉塞感も、負けず劣らずの水準にある。自己資本比率は44%台に低下する一方、有利子負債は9200億円に達している。しかも住友や三菱は、本当にヤバくなった場合、グループ各社に土下座をすれば「救済」してもらえる可能性はゼロではない。しかし後者は財閥の庇護などは期待できない。


 そもそもアステラスには、旧山之内製薬にも旧藤沢薬品工業にも見られなかった妙に「気位」の高いところがあり、金融機関や同業他社にも頭を下げるのを嫌いがちだ。いざ自社の将来のためだと迫られれば、パンツすら下ろすことを厭わない第一三共の胆力とは大違いと言える。


 その差異が、端的に表れているのが両社が四半期ごとに開示している決算である。ともにIFRS(国際財務報告基準)を適応しているのだが、利益の「見せ方」が大きく異なっている。


 周知の通りIFRSは、日本会計基準と異なり、研究開発費を費用でなく資産として計上できるうえに、M&Aで取得した企業の買収価格と帳簿上の価格の差である「のれん代」も基本的に償却しなくて済むなど、経営側にとって総じて有利なルールになっている。営業利益についても「コア営業利益」と称して、会社独自の基準で開示することが可能となっている。そしてアステラスの場合、このコア営業利益の数字が、IFRSに基づく営業利益のそれと比べて著しく大きいという特徴がある。


 24年3月期決算を例に挙げると、アステラスは通期のコア営業利益が1846億円だったと公表したが、同じ決算短信に載っているIFRSの営業利益は255億円で、その差は実に1591億円に上っている。ところが第一三共の決算短信に目を転じると、コア営業利益が1953億円だったのに対して、IFRSの営業利益は2116億円だった。コア営業利益とIFRSの営業利益が逆転しているという点もさることながら、注目すべきは双方の利益額の差が小さいという部分である。


 この違いは両社の25年3月期予想においても顕著となっている。アステラスはコア営業利益を3000億円、IFRSの営業利益を800億円と見込んでおり、その乖離は2200億円。ところが第一三共はコア営業利益を2600億円、IFRSの営業利益を2800億円と予想している。どうしてここまで違うのだろうか?


 もちろん、両社のコア営業利益の算出基準が異なるからだ、との指摘も出てこよう。だが、ここまで数字に差が生じると、アステラスが毎回示すコア営業利益なるものが経営の「実態」を正しく反映しているものなのか、との強い疑問が湧いてくるのを禁じ得ない。“緩い”ルールを最大限に利用して、利益の数字を良く見せると同時にライバルとも引き続き拮抗しているのだとアピールしたい──そんな浅はかな悪知恵が透けて見えるのは、筆者だけではない。実際、証券アナリストからも不評だ。


 ちなみに、コア営業利益なるオリジナル指標を掲げて決算数字を“厚化粧”している筆頭格の会社は、ご存じ、世界のタケダである。24年3月期決算で同社は、コア営業利益が1兆549億円であったと胸を張ったが、IFRSの営業利益は2140億円にとどまった。25年3月期予想でも、コア営業利益を1兆500億円と見込んでいるのに対して、IFRSの営業利益は2650億円に過ぎないのだ。「貧すれば鈍する」の例えではないが、本業の実相を見え難くするこんな数字を平然と出してくる経営姿勢には、「誠実」の欠片すら感じられない。


 さて、改めてアステラスである。6月15日号では「次の成長ドライバーを仕込めなかった責任を本当に『非常に重く受けとめて』いるのならば、着飾った発表や、タコ足配当的な振る舞いはもう不要だ」と結びに綴ったが、同社経営陣に寄せる言葉は、現時点でも不変である。アステラス星が超新星爆発という不幸な最期を迎えないために、残された時間は多くない。