「NHKから国民を守る党」立花孝志党首らとの距離が問われる斎藤元彦知事


自民・維新の党内分裂


 自民は次の知事候補を模索し、シンクタンク出身の保守系参議院議員に出馬を打診。最後まで調整が続けられたが、自民党側の支援体制も不確かであったため断念。県政史上例のないことであったが、選挙告示の4日前に開かれた県議団総会において「自民党として知事候補を擁立しない」「自主投票とする」とともに、「斎藤の支援を禁じる」ことが決められた。


 しかし明石市議会の自民系議員らが記者会見を開いて、その方針を批判したため、告示の翌日に開かれた党県連選挙対策委員会で「斎藤支援禁止」を撤回し、代わりに「『人の命を大切にする』等の資質を有する人物を支援すること」という異例の決定がなされ、筆者を含め所属議員全員に下知された。「人の命を大切にしない」候補とは一体誰の事なのか。議員の動揺を惹起したことは言うまでもない。


 維新も負けず劣らず混乱した。斎藤氏にいの一番に出直し選挙を求めたものの、選挙では党所属の清水貴之参院議員に出馬要請。しかし直前の総選挙で維新は惨敗したため、維新票だけでは到底当選に覚束ないと見た清水氏は、維新を離党し、維新からの公認も受けない態度を表明。党派を超え、自民も含めた保守層全般の支援を呼びかけ、筆者も自民党を代表して出陣式のガンバローコールなどを務めた。その後には自民党神戸市議団が団としての支持を表明するなど、自民・維新を中心に有志が支援した。


 しかし維新議員の多くは斎藤支援に走り、明石市議会の自民系議員らも斎藤支援を表明。斎藤の「勝ち馬」感は選挙戦中盤に差し掛かるとにわかに強まり、最終盤では自民党神戸市議の中でも斎藤支持を表明する議員が出るなど、雪崩現象となった。


 SNSやYouTubeを通じた誹謗中傷合戦も酷かった今回の「世紀の逆転劇」で、立花氏ら「火付け役」が担った役割は極めて大きい。「可哀想な斎藤をいじめる悪い奴ら」を演出しなければ逆転勝利はないと考えた彼らは「敵役」をつくり出すことに腐心。最初に標的とされたのは、知事解職の主因ともなった、パワハラ等知事の不祥事を訴えた「告発者」だ。立花氏は「マスコミが報道しない真実」として、「告発者は人事畑で出世。その人事権を悪用し、県庁内で女漁り」「10年間で10人の職員と不倫」「告発者の業務用PCには不倫現場の映像・写真が存在」などとYouTubeで発信し、「デジタルボランティア」と称する仲間がそれらを全世界に拡散した。


 次に標的となったのは告発者と親しかった立憲民主党の県議。告発文もその県議が作成し、既得権益を失うことを恐れクーデターを主導したと勝手に断定されてしまった。連日当該県議の元には「正義の徒」を自認する電話や「凸」(突撃)が殺到し、知事選投開票の翌日に議員辞職するまでに追い込まれた。


 最後は冒頭の奥谷謙一県議、県議会の百条委員会の委員長だ。もともと3年前は、井戸敏三元知事の後継者を推した自民党県連に反旗を翻し、斎藤氏を応援した生粋の「斎藤派」だ。しかし、この3年の間に斎藤支持の熱はすっかり冷め、反斎藤になった途端に弁護士の経歴を買われ百条委員会の委員長に就任。結果、斎藤派から仇敵と見做され、立花氏のみならず、視聴回数と小銭目当ての全国のYouTuberが連日自宅を襲撃することとなり、身の危険を感じた奥谷県議の家族は親族の家に避難せざるを得なくなった。


 世の中に登場したばかりの新しい通信技術・メディアを活用し、世論を焚き付け権力を得る立花・斎藤連合の今回の勝利は、かつてのナチスを彷彿させる。1933年、ヒトラーが政権を掌握した直後、国会議事堂がほぼ全焼する放火事件が起こった。この真犯人は未だよくわかってはいないが、ヒトラーはただちに「放火はコミュニストの仕業だ」と大々的に喧伝し、共産党関係者のみならず、反対者を軒並み逮捕・拘禁した。


 直後に行われた選挙で共産党ら野党は議席を激減させ、それでも過半数に到達していなかったナチスはこのおかげで何とか連立政権を維持することが出来、いわゆる「全権委任法」を成立させた。以後議会は必要なくなり、国会議事堂は焼け落ちたまま放置されることとなった。


 戦後、ヒトラーが「最も愛した」側近のひとり、アルベルト・シュペーアはニュルンベルク戦犯裁判でこう語っている。


「ドイツ国民のように進歩的で教養があり、洗練された国民がどうしてヒトラーの悪魔的な支配力に屈してしまったのでしょうか。それは現代の通信技術、すなわちラジオ、電話、電信のせいです。現代の通信技術を使えばヒトラーのような指導者が、遠隔地にいる人々に自ら判断させず、自分のいいなりになる集団を各地に形成し、自分で支配できるのです。ですから、世界の科学技術が進歩すればするほど、個人の自由と人々の自治は失われ、それを取り戻す必要が生じるのです」


 ラサール石井氏をして「社会の底が抜けた」と言わしめた兵庫県知事選の騒乱。内容の責任を問われない、デマでも嘘でも何でも発信できるSNS・YouTubeなどの新興メディアの功罪については、今後検証が必要だろう。


 立花氏は「来年の参院選まで兵庫で起こった現象を消したくない」と語り、そのために来年1月に行われる南あわじ市長選に出馬するという。来年10月には県内最大の150万人都市、神戸市の市長選も行われる。この「現象」は維新の牙城である大阪に飛び火しないとも限らない。関西政局の混乱は当分続きそうだ。