学生の未来はどうなる


看護師が不足している


 美作大は、岡山県県北の津山市にある大学で、食物学科(管理栄養士の養成)、児童学科(保育士、小学校教員の養成)、社会福祉学科(社会福祉士の養成)の1学部3学科の単科大学と短期大学を併せ持つ。管理栄養士や社会福祉士の国家試験では全国でトップクラスの合格率を誇る大学だが、この数年、少子化で入学生は定員スレスレ。今年1月、短期大学の募集停止と同時に大学の公立化を津山市に要望したという経緯だ。


 ともかく、津山市医師会の要望書をざっと紹介する。


「美作大学は100年前の大正4年に地域の篤志家の支援を得て設立された、いわば『地域立』の津山高等裁縫学校を淵源とされた歴史ある学校です」と、強調したうえ、「市長が発言されたように、大学が立地しているという事実は地域の文化や経済、産業に大きなインパクトを与えており、地域に不可欠な存在となっている。……将来を見据えた教育体制の確保とまちづくりの中核としての機能を維持していくためには、公立化が必要である……」


 と、公立化を訴えている。そして末尾には、「地域医療確保に向け、保険、医療・介護を担う看護職員の安定的な確保が求められています。公立大学として医療人材の育成を期待しています」と記し、公立化した後、看護学部の創設も提案しているのだ。


 医師会事務局が説明する。


「医師会の常務委員会で美作大学の公立化が話題になったんですよ。津山市には美作大学しか大学がありませんからね。地元の篤志家が設立した大学ですし、なんとか存続して欲しい。看護学部の創設は将来、つくってもらえたらいいな、という気持ちですよ。津山市も看護師不足です。岡山市や倉敷市などに看護学部がありますが、卒業後、津山には来てくれない。市内には看護師を養成する県立津山東高校と津山中央看護専門学校がありますが、昨今は4年制の大学に行きたがりますからねぇ。美作大学に看護学部ができたら有り難い、という要望です」


 ご承知の人も多いだろうが、津山市は、織田信長の小姓、森蘭丸の弟の森忠政が築城した津山城の城下町で、現在の人口は9万5000人ほどの地方都市。かつては音楽で有名な作陽音楽大学(現くらしき作陽大学)もあったが、96年、人口減少に備えて瀬戸内海沿岸の倉敷市に移転。以来、美作大が唯一の大学になっている。加えて津山市には津山中央病院という3次救急病院があり、ドクターヘリとドクターカーを走らせ、県北一帯の救急救命医療を担っている。看護師不足に備え、美作大を存続させて看護学部の設置を望むのも理解できる。


 津山市に美作大の公立化を要望した美作学園理事長は「23年度の入学者は前年比3割以上減少してしまった。急速に進む少子化と若者の大都市圏への進学志向が高まっていて、最早、大学単独の改革には限界がある」と理由を語っている。実際、岡山市や倉敷市の高校生の間では「1時間に1本しかないJRで1時間半もかかるうえ、アルバイト先もない山間部の大学には行きたくない」とも言われている。そうした状況からか、津山市も早くから公立化を念頭に置いていたフシがある。20年に有識者会議を設置し、高等教育のあり方を討議。「公立の高等教育機関の新設や美作大を含めた現在ある教育機関の公立化」という提言を受けているのだ。加えて、美作大の同窓会が署名を集めて公立化を要望し、岡山経済同友会津山支部も要望書を提出。そのうえでの医師会の要望は公立化のダメ押しともなりそうだ。


 一方、公立化問題で最も話題になったのは、安倍晋三元首相の親友の加計孝太郎氏が設立したことで知られる千葉科学大だ。薬学部は定員割れが続くばかりか、薬剤師国家試験の合格率は最下位争いに低迷。昨年10月、銚子市に公立化を要望し、市は有識者検討会で協議した結果、「私立大学として存続して欲しい。公立化は看護学部と危機管理学科の2学部2学科に縮小したうえでなら受け入れる」ことを回答している。その結果がどうなっているかと言えば、まだ返事はないという。


「加計学園からは9月下旬に『市からの回答と学園側の考えには大きな隔たりがある。返答はもう少し待って欲しい』と電話がありました。25年度の学生募集は昨年同様行うそうですから、まだ時間はあります」(市企画課)


 だが、千葉科学大が外国人留学生を積極的に受け入れていたことが判明し、新たな火種になっている。実際、薬学部は半数が外国人留学生で、危機管理学科では中国人留学生が入学生の8割近くに上る。越川信一市長は「留学生が多数を占める状況では市民が納得しない。公立化は難しい」と語るが、外国人留学生で定員を埋めるのは最早、末期的状況と言うしかない、との声も上がっている。


 もうひとつ、公立化の話題に上っているのは、熊本県玉名市にある九州看護福祉大だ。同大学は玉名市を中心に旧2市10町の拠出金と寄付で設立された大学。だが、21年度以来、定員割れが続いていることから、今年1月に玉名市に公立化を要望している。


「玉名市では公立化検討支援業務のプロポーザルを募集していますが、公立化に進みそうです」というのは地元紙記者だ。


「九州看護福祉大はまだ公立大学が認められない時代だったため、玉名市周辺の市町が資金を出し合って設立した公設民営大学です。いまも旧12市町が支援しているし、公立化で学費が安くなれば、隣の熊本市や福岡県からも受験生が望めるとされ、九州初の公立化になりそうです」


 だが、ある私立大学教授が話す。


「公立になると国からの交付金で運営でき、自治体は校舎の新築や改築費用の負担だけで済む。公立化した12大学のその後を見ると、公立化直後は志望者が増え、偏差値も上がる。飲食店や居酒屋、アパートを斡旋する不動産屋は活況になります。ただ入学できなくなった地元の若者は都会の大学に進むようになり戻ってこない。数年後には再び過疎化が進んでしまう」


 地元に就職先がなければ、公立化は一時凌ぎに過ぎないそうだ。