超大国の対立で予測不能


 自信を深める加藤社長は、漢方製剤需要のさらなる伸びを見据えて、主力の茨城工場の能力を拡大する計画を明らかにするとともに、AI(人工知能)やロボットなどをさらに駆使した抜本的な製造コスト改革にも乗り出した。65歳と定めている「社長定年」まであと4年。ツムラという会社のサステナビリティを高めるため、攻めの姿勢を強めている。


 ただ、こうした中で例外的に貧相な軌跡を描いているのが、皮肉にも、加藤社長の独自色が最も強く現れた経営判断と言われる中国事業である。業界関係者を驚かせた中国平安保険集団との資本・業務提携を17年に結んだ後も、予期せぬ新型コロナウイルス禍や、中国当局の規制に阻まれて遅々として進んでいない。


 ツムラは当初、中国本土での生薬、飲片(刻み生薬)、中医薬市場に速やかに参入すると意気込んでいた。しかし実際は、現時点でも、生薬プラットフォームと称するセグメントでの原料生薬のバルク販売が中心となっている。中医薬を製造販売する付加価値の高い製剤プラットフォームに関しては、一向に事業化できていない。中国事業の売上げは連結売上高の1割程にまで伸びてはいるものの、収益的には赤字続きだ。


 ところがここにきて、それが変わる可能性が出てきた。中国政府が外資企業に課してきた外商投資規制が11月から緩和され、中医薬の分野では、漢方生薬を蒸したり、煮たり、炒めたりする「修治」がツムラも行えるようになったのである。素人目には、なぜこんな工程を国が保護したがったのか不明だが、いずれにせよ原料生薬を飲片化し、さらには製剤プラットフォームで中医薬とする工程で、唯一残っていた障害が取り払われた。ツムラが中国各地に構えるグループ企業を使えば一気通貫の現地製造が可能になるため、「中国事業の全てにおいて追い風になる」(加藤社長)と期待を寄せる。


 だが、何とも悪いタイミングでもたらされたGOサインの点灯ではないか。周知の通り来年1月には、米国第一主義を掲げる第2次トランプ政権がワシントンで発足し、米中の通商対立は日本を駒としながら新たなフェーズに入る。「MAGA」(Make America Great Again)をスローガンに、習近平が25年までに世界の製造強国入りをめざすとぶち上げた「中国製造2025」計画を、あの手この手で阻止し始めるものと予想されている。


 前哨戦はすでに始まっている。「私が最も好きな言葉は『関税』だ」とトランプが煽れば、習近平も負けじと、基軸通貨の米ドルに対抗しようとBRICS内部で検討が進む新しい通貨構想への関心を表明したりする。丁々発止の舞台は半導体とヘルスケアになると見られている。


 こうした流れのなかで、中国当局が今回踏み切った外商投資規制の緩和を眺めると、非常にわかりやすい意図が浮かび上がる。端的に述べれば、米国に付くのか、中国に付くのかを可視化する究極の「踏み絵」である。昨今の日本製鉄の動きが象徴するように、日本企業の中国離れ・米国回帰が静かに、着実に進むのを前に、撒き餌を仕掛けてきたと見做せよう。


 話をツムラに戻すと、同社が「待ち侘びていました」とばかりに中国事業へアクセルを一気に踏むことが本当に得策なのかどうか、もう一度、冷静に吟味したほうが良いのではないかと僭越ながら申し上げたい。もちろん同社は、原料生薬のおよそ8割を中国に依存するだけに、日本製鉄のようにドライには動けない。芳井氏が社長を務めていた時分から取り組んでいる「大建中湯」(開発コードTU‐100)の米国開発は、FDA(米国食品医薬品局)の堅牢な壁に阻まれほとんど進展していない。一方で、91年に原料生薬の栽培・管理・販売を行う深セン津村薬業を設立して以来営々と築いてきた中国当局との信頼のパイプは、他社が真似できない財産ときている。


 こうした諸条件を鑑みれば、中国本土での中医薬の販売に向かいたがるのは、経営者としては当然の反応であろう。誰もが売上げは欲したがるし、一本足経営には不安を覚えるものだからだ。とはいえ、そもそも論として、ツムラの中医薬を中国国民は欲しているのだろうか、との疑問が残る。西洋薬を含めて14兆円市場という数字だけは確かに独り歩きしている。しかし、外資製の中医薬に対する具体的なニーズ云々の話は寡聞にして知らない。中国産の生薬を現地で加工・エキス化して中国市場で後発参入という形で販売するビジネスモデルに、ツムラはどのような付加価値を付与しようとしているのであろうか。


中国事業、向こう4年間はかなりの難題に


 自然も健康も科学も軽視し、算段だけを貴ぶ〝狂人政治家〟の再登場で、世界の「予見可能性」は著しく低下すると予想されている。米中の対立がどうエスカレートしていくかもわからない。巻き込まれたらそれこそ地獄であろう。少なくとも4年後までは是々非々で事態に当たるのが叡智だ。中国事業の本格展開は、ポスト加藤氏の代に任せようではないか。