頼まれた解析で問題意識
10年、降旗氏が定年を迎え、研究室も閉鎖されることとなった。次のポストを探し、理研の免疫・アレルギー科学総合研究センター(当時)統合ゲノミクス研究チーム(小原収チームリーダー)の研究員として採用された。
チームは、自分たちの研究だけでなく、センター全体のマイクロアレイ実験を請け負ってデータを出す支援業務も担当していた。以後、降旗ラボで培った経験を活かして、二足のワラジを履くことになった。
12年には、12種類の発がん物質がマウス肝臓で遺伝毒性を持つか持たないか、定量的リアルタイムPCRと遺伝子発現プロファイルの主成分分析によって識別することに成功、『Mutation Research』誌に報告している。
14年に上級研究員へ昇進、21年に技師へと転じた。任期制の職員が多い理研のなか、技師は無期雇用だ。研究所に導入する最先端NGSの選定に関与したり、関連技術を独自に開発したりしつつ、責任者として所内のNGS関連実験全般を支援する。いろいろな領域の研究者と話す機会が多く、共同研究が始まることもある。
渡辺氏が今回の手法を着想したのは、他チームから依頼を受けてNGSで大量のB細胞の抗体配列を一気に調べたことがきっかけだ。ナイーブB細胞が元々持っている重鎖と軽鎖は1個ずつすべて異なるのに、それを全部混ぜてしまって意味があるのだろうかと疑問を抱いた。
ナイーブB細胞は、その受容体で抗原抗体反応が起きてから活性化し増殖するので、活性の高い抗体をつくるB細胞クローンほど数多く脾臓に存在する蓋然性は高い。だから混ぜてしまっても傾向がわかれば十分との考え方にも一理はあった。だが、メジャーな重鎖と軽鎖が同じB細胞由来のものである保証はないし、その組み合わせで本当に活性が高くなるとも限らないのでないかと思った。
ハッキリさせるため、個々のB細胞それぞれについて重鎖と軽鎖の組み合わせを維持したまま、抗原抗体反応を起こさせたいと考えた。これは、複数のDNA断片をつなぎ目なく連結できる「ゴールデンゲート法」の改良で可能そうだった。また、組み合わせと活性の関係がすぐわかるように、抗体を細胞膜結合型として発現させたいとも考えた。
長期間の試行錯誤を繰り返し、ようやく今回報告した手法に辿りついた。冒頭で紹介した実験でのクローニング成功率は75.9%もあり、活性の高いB細胞を取りこぼす可能性は考える必要がなくなった。また、重鎖と軽鎖の遺伝子を連結したことによって、プラスミドの調整・維持に要する時間が従来の半分になり、それに伴って抗体プラスミド・ライブラリーの作製に要する時間が短縮されるメリットもあった。