政界でしばしば語られる用語に「一寸先は闇」がある。岸信介政権下で幹事長、池田勇人政権下では副総裁を務めた、政局の流れをつくる達人とも言われた川島正次郎氏が周辺にしばしば漏らした言葉だと言われている。当時は派閥政治が全盛で、この合従連衡で政局が動いていた。ある料亭での夜の密談などで急転直下、首相が決まったりしたのである。
今回の総選挙やトランプ前米大統領の返り咲きで日本経団連の十倉雅和会長はこの意味の深さを強く噛みしめているのではあるまいか。再選を強く期待していた盟友の岸田文雄前首相は低支持率で再選の断念を余儀なくされたばかりか、先の総選挙ではあろうことか頼みの自民党が少数与党に転落したのである。拮抗報道が続いていた米大統領選に至っては期待とは裏腹に、良識や節度とは無縁の予測不能な候補が再選された。過度な保護主義につながる自国第一主義をぶち上げているだけに日本企業は対米をはじめとして国際戦略を土台から練り直さなければならない。深刻な事態である。
狼狽ぶりは財界トップの発言にそれとなく表れている。総選挙の結果に対して随一の国際派で知られる日本商工会議所の小林健会頭は、厳しい結果になったことを挙げて、政治資金の透明性の向上などにより国民の信頼の回復に努めるよう要望。政権運営が茨の道になることに憂慮する一方で、成長型経済への転換に「不退転の決意で臨むべき」と力説している。
自民党惨敗の要因を「国民の政治に対する不信の深まり」と分析する経済同友会の新浪剛史代表幹事も「(国民の信頼の回復のため)政治資金の問題を含めた政治改革に邁進すべき」と直言。同時に、“鬼門”の政治の不安定化を見据えて経済政策がバラマキにならないようにとも注文。国民民主党から出ている「年収103万円の壁」の解消の処方箋は「社会保障改革しかない」と切り捨てた。十倉会長もおおむね同様で、政治の不安定を避けるため「自民党・公明党を中心とする安定的な政治の態勢を構築し、政策本位の政治が進められることを強く期待する」とやや距離を置いている。
米大統領選についてはどうか。小林会頭はトランプ次期大統領に対して、①平和と安定をもたらす国際秩序の維持・強化への貢献、②過度な保護主義に陥ることなく、③ルールに基づく自由貿易体制を支える超大国のリーダーとして調和のとれた政策運営ーーを期待したいと強調。選挙戦の過程では「アメリカ・ファースト」など真逆の方向を示唆する宣言が少なくないだけに実現は望み薄の“儚い”願望といえる。
「強権をもつ大統領が誕生」と予測する米国通の新浪代表幹事は「如何なる状況でも対処できる体制を早急に構築しなければならない」「新たな外交政策が必要」と危機感を滲ませる。
十倉会長も故安倍晋三首相との間で築かれた強固かつ緊密な信頼関係が石破茂首相との間でも培われ、「両国関係が一層発展していくことを望む」と祈るような気持ちを公表している。わずか1ヵ月の間で財界を取り巻く内外の環境と情勢は一変、半年後に交代する次期経団連会長の多難さを予感させる材料が少なくない。それでも火中の栗を拾う気骨ある後継者が現れるだろうか。八方塞がりの想定外の事態にならないことを祈るばかりである。