■中外:さらに進化した抗体医薬技術
【リサイクリング抗体技術を初めて適用】サトラリズマブ(エンスプリング、22年度受賞)は、10年に発表した「抗体1分子が複数の抗原に繰り返し結合することで薬剤の効果を持続させる」リサイクリング抗体技術を初めて適用した“pH依存的結合性”ヒト化抗 IL-6 レセプターモノクローナル抗体。受賞にあたっては、リサイクリング抗体技術の独創性と汎用性も高く評価された。直近では、24年3月に国内承認された発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)治療薬クロバリマブ〔ピアスカイ、pH依存的結合性ヒト化抗補体(C5)モノクローナル抗体〕にも使われている。
IgG抗体は血管内皮細胞などに取り込まれても、胎児性Fc受容体(FcRn)に結合して血中に汲み出されるため、他のタンパク質より比較的血中半減期が長い。しかし、膜型抗原に結合すると、結合したまま細胞に取り込まれ、エンドソームを経由してライソソームに移行し分解されてしまう。
そこで、この技術では、抗体に酸性条件下で抗原から解離する性質を付与。抗体の最初の移行先であるエンドソーム内部の酸性条件下で抗体は抗原から離れ、抗原のみがライソソームに分解される。一方、抗体はFcRnによってエンドソームから血中に汲み出されて、別の抗原に何度も結合でき、消失を低減できる。
天然では、血漿中のpH(中性)とエンドソームのpH(酸性)の違いを利用したpH依存的なタンパク質間相互作用が知られているが、その多くがヒスチジン(His)残基によるもの。そこで、候補となる抗体の作製にあたっては、IL-6受容体の結合に関わると推測される抗体側のアミノ酸残基を一つずつHisに置換して改変抗体を調製し、中性および産生条件下でのIL-6受容体の結合を評価した。その過程では、IgGのH鎖約300種、L鎖約100種の変異体を作製して組み合わせ、望ましい性質を持つ抗体を選んだ。
この経験から、大量の改変対体を扱う実験方法や、得られた大量のデータを扱うシステムが構築され、同社の抗体改変技術の基盤となり、その後のプロジェクトに活用された。さらに得られたデータを機械学習に用い、最適な抗体配列群を提案する技術の構築が進められている。
【対象疾患の選択と拡大】同剤の効能・効果は「視神経脊髄炎スペクトラム障害(視神経脊髄炎を含む)の再発予防」。視神経と脊髄の炎症性病変を特徴とする中枢神経系の自己免疫疾患である視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMSOD:neuromyelitis optica spectrum disorder)は、病態とIL-6との密接な関係が報告されていることから選択された。
NMOSDは、抗アクアポリン4(AQP4)抗体が関与する自己免疫性中枢神経疾患で、重度の視神経炎と横断性脊髄炎を特徴とし、病理学的メカニズムにIL-6が関連していることが分かってきている。国内の全国臨床疫学調査では、患者数約6,500人と推計され、有病率は約5人/10万人だった
なお、サトラリズマブは24年に「甲状腺眼症」「自己免疫介在性脳炎」「抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質抗体関連疾患」について、相次いで希少疾患用医薬品の指定を受けている。
【当時の常識を覆した創薬】アレクチニブ(アレセンサ、17年度受賞)は、未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)に対して選択的かつ強力な阻害活性を有す抗悪性腫瘍剤。ALKは、細胞の増殖に関わるタンパク質で、未分化大細胞リンパ腫(ALCL)、炎症性筋繊維芽細胞性腫瘍、肺癌、乳癌、大腸癌などの患者において、他の遺伝子と融合した「ALK融合遺伝子」の状態で確認されることがある。ALK融合遺伝子からALK融合タンパク質が作られると、必要のないときにも細胞が増殖し、癌が発生しやすくなると考えられている。
ALKが癌の治療標的として注目を集めるようになった契機は、07年、自治医科大学の間野博行教授(現・国立がん研究センター研究所 研究所長)らが、非小細胞肺癌(NSCLC)で新規の融合遺伝子EML4-ALKを同定したことだ。当時、融合遺伝子による発症は血液がんに限られ固形がんには存在しないと考えられていた。しかし、肺癌対策は喫緊の課題であったことから、中外ではその報告直後からALKを標的とする創薬の議論を開始した。
がん細胞で異常が見られるキナーゼの阻害は、分子標的薬の主要な作用機序だが、標的キナーゼのみを阻害する低分子化合物の創製は容易ではない。ただ、ALKは脳や神経系の発生過程で重要な役割を担っていることが知られているものの、成人の正常組織においては一部の特定組織を除いて発現が認められていない。したがって、選択的阻害によって正常組織に影響を及ぼすことなく治療効果が得られることが期待された。
その後は、ユニークな構造を有するヒット化合物を選択し、分子モデリングからの選択性の予測、単回PK試験の実施による構造と薬物動態の関係予測など、通常では行わない方法論を採用して効率的な最適化を行い、アレクチニブを創製し、研究への着手から3年後に臨床試験を開始。先行品であるクリゾチニブ耐性獲得腫瘍にも強力な阻害活性を持つ抗悪性腫瘍剤への仕上げたことが高く評価された。
効能・効果は国内承認時「切除不能な進行・再発のNSCLC」であったが、現在では「NSCLCにおける術後補助療法」「再発又は難治性のALCL」も加わっている(いずれもALK融合遺伝子陽性例。詳細は添付文書等を参照のこと)。
■日本たばこ産業:低分子への注力を明言
【サイトカインの産生を抑える外用薬】デルゴシチニブ(コレクチム、23年受賞)は、JAK(ヤヌスキナーゼ)1、JAK2、JAK3およびTyk(チロシンキナーゼ)2を阻害するJAK阻害剤。外用JAK阻害剤としては世界初、新規のアトピー性皮膚炎(AD)外用薬としては国内20年ぶりの薬剤。JAK/ STAT(シグナル伝達性転写因子)経路を活性化する全てのサイトカインシグナル伝達を阻害し、各種サイトカイン刺激により誘発されるT 細胞、B 細胞、マスト細胞および単球の活性化を抑制する。また、皮膚バリア機能関連分子の発現低下を抑制し、IL-31 が誘発する瘙痒を抑える。
ADの国内患者数は50万人超とされ、増加の一途をたどっている。ADの症状は❶免疫系異常、❷皮膚バリア機能低下、❸瘙痒、が相まって進行する。❶は主にヘルパーT2(Th2)細胞から産生されるサイトカインが引き金になる。❷はIL-4によるフィラグリン(皮膚の角層細胞を構成し、保湿やバリア機能に重要な役割を担うタンパク質)の発現抑制によって起こる。❸についてもIL-31等の関与が示唆されている。そのため、こうしたサイトカインの産生を抑え❶❷❸に対する効果が期待できるAD治療薬が求められていた。
同剤の創製にあたっては、同じ作用機序を持つ先行化合物が多数存在する中、「ジアステレオ選択的合成法」を採用し三次元性を高めた構造複雑性の付与という観点から構造展開を行い、活性も選択性も高い新規JAK阻害薬を見出した独創性が評価された。また、臨床応用の際にも、先行する同作用機序薬にはなかったポジショニングであるアトピー性皮膚炎の外用剤を選択、研究開発・上市した点に優れた戦略性と高い医療現場への波及効果が認められた。
ちなみに同剤の研究は08年にわずか3人で開始。鍵となる化合物の合成に9ヵ月を要したが、その後は新規合成法を構築し、3ヵ月でデルゴシチニブの創製に至ったという。
【産学連携に基づく創製と早期の導出】トラメチニブ(メキニスト、19年度受賞)は、MEK(マイトジェン活性化細胞外シグナル関連キナーゼ)阻害剤。RAS/RAF/MEK/ERK(MAPK、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ)シグナル伝達経路におけるMEK1/MEK2の活性化およびキナーゼ活性を阻害することにより、MEKの基質であるERKのリン酸化を阻害し腫瘍細胞の増殖を抑制する。
同社の創薬研究グループは、京都府立医科大学・酒井敏行氏が考案した「がん抑制遺伝子を修復する、あるいは活性化する薬剤を細胞のフェノタイプの解析でスクリーニングする」新しい抗がん剤の開発アプローチを実践。フェノタイプアッセイで化合物をスクリーニングし、結果的にはがん抑制遺伝子の一つp15INK4bを増やす化合物が、細胞のサイトカインシグナルトランスダクション(細胞外から受容したサイトカインのシグナルを伝達し、特定の反応を引き起こす過程)でRASやRAFの下流にあるMEK1とMEK2の阻害剤であることを突き止め、トラメチニブの創製につなげた。
なお、同剤は06年にGSKに導出され、13年には米国でMEK阻害薬として世界で初承認。世界数十ヵ国で承認されるに至った(現在はノバルティスが製造販売)。
【明確なポリシーが成功の鍵】同社(JT)が製薬専業とは異なる企業でありながら、ユニークな新薬を世に出せる背景には医薬事業の明確な方針がある。同社のサイトではSWOT分析を提示し、自社の強みとして「低分子創薬に特化した研究開発」「重点領域(循環器・腎臓・筋、炎症・免疫、中枢)への資源集中」「先端技術への投資とJTならではの独自創薬基盤技術」を挙げている。また、「研究開発はJT、国内の販売は連結子会社である鳥居が担う」という分担で専門性を高め、シナジーを発揮しているという。