佐藤社長の周辺が騒がしくなってきた(同社HPより)


足腰は格段に強化


 その太陽HDの界隈が、今年に入って、俄かに喧しくなってきた。まずは新春早々、同HDと印刷インキの世界最大手・DIC(旧・大日本インキ化学工業)との経営統合構想が報じられた。


 太陽HDも祖業は印刷用インキの製造販売であり、17年には両社は資本・業務提携を締結している。24年9月時点でDICは、太陽HD株の20.04%を保有する筆頭株主の地位にいる。一部報道を受けてDICは「(統合)提案を受けた事実はない」、太陽HDも「決定した事実はない」と揃って否定したものの、この手の話は、火のない所に煙は立たないものだ。投資ファンドが黒子となって、合併の可能性や効果などを予備的に調査していたことが、表に漏れたようだ。


 ただし、ファンドの連中というのは落ちた飴にたちまち群がる蟻のような性質がある。2月に入ると今度は、物言う株主として知られる香港の投資ファンドのオアシス・マネジメントが太陽HD株の8%を保有し、創業家の資産管理会社・光和(東京都)を上回る大株主に躍り出た。オアシスが関東財務局に提出した大量保有報告書によると、保有目的は「重要提案行為」なのだという。なお小誌はオアシスに狙い等を問い合わせたが締め切りまでに返答はなかった。


 オアシスは一昨年来、セブン&アイ・ホールディングスや花王、メルカリといった大手の注目企業だけでなく、調剤薬局最大手のアインホールディングスや「紅麹」の健康被害で揺れる小林製薬の経営陣にもさまざまな「要求」を突き付けてきた。もちろんDICに対しても、足元で5.01%を保有する第4位の大株主として、資産効率の向上を求めている。彼らを強欲な連中だと忌み嫌うのは簡単だが、見極めを誤ると大やけどを負いかねないのもまた事実だ。


 太陽HDの場合、焦点となるのは、プリント基板用絶縁保護材ソルダーレジスト(SR)を柱とするエレクトロニクス事業のあり方であろう。現在、ステークホルダーなどには「ニッチトップ企業からグローバル化学メーカーへ」と標榜はしているが、現実はSRに続く大きな柱が見つかっていない。


 加えてプリント基板の世界は、あらゆる電気・電子機器に欠かせず、しかも自動車などの車載用を中心に極めて高い安定性が求められる部材でありながら、常に買い叩かれるという少量多品種・薄利多売の典型とされている。汎用品の製造に当たっては機械設備の減価償却はおろか、ラインの耐用年数を限界まで伸ばす努力を重ねて利益を生み出している側面もある。後発品業界だけが苦しいビジネスを強いられているわけでは実はないのだ。従って、こうした事業構造の刷新も必要となる。


 仮に、DICとの経営統合が実現したとしよう。誕生する新会社は連結売上高がおよそ1兆2000億円規模へと拡大するとともに、太陽HDのエレクトロニクス事業分が加わるDICのファンクショナルプロダクツ(合成樹脂・化学品、機能製品等)部門の売上げも4000億円台を窺えるレベルとなる。事業の内容的にも高機能エンジニアリングプラスチックの一種であるポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂とSRという2つの世界ナンバーワン製品を抱えることになり、事業の足腰は格段に強化されるものと見られる。研究開発の面でも中・長期的に相乗効果が期待できるだろう。


 加えて両社とも、創業一族は経営の第一線からは退いて久しく、経営統合に真っ向から反対する可能性は低い。経営統合報道が出た直後、両社の株価がともに上昇したのは、経営の次なるフェーズを求める市場関係者の「期待」の表れにほかならない。


 そこで問題となりそうなのは、太陽HDが育ててきた医薬事業の位置付けだ。連結売上高という“分母”が一気に拡大すると、経営への貢献評価も自ずと変わってくる。DICはヘルスケアビジネスをほとんど持ってない。太陽ファルマも太陽ファルマテックも宙に浮いてしまいそうなのだ。


 そもそも太陽HDが医薬事業に関心を寄せたのは、エレクトロニクス事業に宿命的に付き纏うシリコンサイクルの波による業績の変動を、収益の予見可能性が相対的に高い新規事業の育成により安定させたいという動機があった。しかし経営統合が実現した暁には、太陽HDとしての「切実性」は確実に薄らぐことになる。そうでなくても全身守銭奴のファンドが、資産効率向上のため医薬事業はグループ外に切り離せと言い出すことが十二分に想定できる。


 太陽HDを率いる佐藤英志社長は、大手監査法人やエンタテインメント、IT企業を渡り歩いて09年、当時の太陽インキ製造に最高財務責任者として入社した。医薬事業への進出シナリオを描いたのも本人だ。ディールの全体像は依然明らかではないが、海千山千のアクティビストとどう渡り合っていくのか。漂流し続ける後発品各社をウォッチするより遥かにためになり、かつ面白い。