我われは論文において、日本の各専門学会(日本血液学会、日本肺癌学会、日本乳癌学会)の診療ガイドラインで、米国で取り消しとなったがん治療薬がどう扱われているかを調査した。
その結果、なんと7つの薬のうち4つ(57%)が日本のガイドラインで「強く推奨」または「中程度に推奨」されていた。ゲムツズマブオゾガマイシン(急性骨髄性白血病)、ゲフィチニブ(EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん)、ベバシズマブ(HER2陰性転移性乳がん)、アテゾリズマブ(PD│L1陽性トリプルネガティブ乳がん)である。いずれも、米国では市販後試験で全生存期間の延長といった臨床的効果が証明できなかったなどの理由で承認が取り消しとなった。
米国では市販後試験で効果が確認できない場合に承認を取り消す仕組みが整っているが、日本では、事後的に薬を市場から撤退させる仕組みが基本的に存在しない。例えば、米国で有効性と安全性の懸念から撤退したゲムツズマブオゾガマイシンが、日本では同じ適応と高用量のまま承認され続けている。また、ベバシズマブやアテゾリズマブなどは臨床効果に議論の余地があり、日米で評価が分かれている。
この状況は地域によって患者の受けられる治療に差が生じることを意味する。米国の判断が正しければ、日本の患者は効果の証明されていない薬を使用していることになり、逆に日本の判断が正しければ、米国の患者は有益な薬へのアクセスを失っていることになる。
ちなみに、乳がんを専門として臨床に従事している筆者は、ベバシズマブやアテゾリズマブを日頃用いることがあり、奏功する症例も経験している。とくにアテゾリズマブを用いたケースは治療開始時は深刻な病状だったが、手術なども組み合わせることで、現在も元気に過ごされている。正直、アテゾリズマブが無かったら亡くなっていただろう。
すなわち、米国で承認取り消しになった薬でも、効果がないとは言い切れない。大事なのは、日本の規制当局と専門学会が市販後確認試験の仕組みを確立し、こうした薬を推奨する根拠をより明確に説明することで透明性を高めることだ。
また、この問題では、製薬企業の責任も重要だ。企業には市場承認後も製品の有効性・安全性を評価し、透明性をもって情報開示する責任がある。とくに評価が分かれる薬剤では、企業自ら追加試験を行うなどして、エビデンスを構築すべきである。
最終的には規制当局、医療専門家、製薬企業の三者協力が不可欠であり、患者利益を最優先とした国際的な調和が求められる。企業には短期的利益より患者の安全と健康を優先する姿勢が必要だ。