1970年代、日本のノンフィクションに黄金期をもたらした編集者が文藝春秋社にいた。田中健五氏。69年創刊の右派オピニオン誌・月刊『諸君』を舞台に、立花隆氏や本田靖春氏、柳田邦男氏、上之郷利昭氏など、国内を代表するノンフィクション作家を次々育て上げた初代編集長である(氏はその後、文藝春秋社の社長となった)。興味深いのは、田中氏本人のスタンスは雑誌『諸君』の誌面同様にゴリゴリの右派なのに、この媒体に足場を得て大成していったのは、リベラルな書き手ばかりだったことだ。つまり、氏は才能を発掘するにあたり、イデオロギーにとらわれず、プロの編集者に徹したのだ。


 かつて文春では、看板雑誌の『月刊文藝春秋』や『週刊文春』での対応とは異なり、『諸君』でのライター起用にはさほど高いハードルを設けず、若手に舞台を与える使い方をしていた面がある。私自身、同誌が休刊するまでの数年間、何回か記事を書かせてもらっている。当初は右派雑誌としてのどぎついカラーに尻込みし、「諸君っぽい(右翼的な)記事は書けませんよ」と申し出たが、「気にせずに好きなように書いてください」と言われて意外に思ったものだった。


 だが、右派論壇の代表誌が『諸君』と『正論』だった時代から『Will』『Hanada』の時代へと移り変わるにつれ、後者の誌面にそういった「幅広さ」は見られなくなった。載るのは、ただ右派イデオロギー剥き出しの記事ばかり。左派媒体にも共通して言えることなのだが、私が極端なイデオロギー記事を嫌うのは「結論ありき」の内容にどうしてもなってしまうため、読んでいてつまらないからだ。内実がよくわからない事象を掘り下げて真相に迫ろうとする、そんな探究心がそこには見られない。


 思想的なオピニオン記事では「叩くべき対象」が最初から決まっていて、取材のプロセスで想定と異なるファクトが出てきても、書き手の大半はそれを黙殺する。彼らが書きたいのはオピニオンであり、そこで触れるファクトは補強材料に過ぎないのだ。真摯に対象と向き合う書き手なら、自身の思い込み・先入観と異なる事実が出てくれば、事実に合わせて主張を軌道修正する。しかし、『Will』や『Hanada』に載る記事に、そういった誠実さは見られない。何よりその特徴を示すのは、双方とも元『週刊文春』編集長・花田紀凱氏が創刊した媒体でありながら、大宅壮一ノンフィクション賞を獲るような本格作品を生み出せていないことだ。その点が田中氏の『諸君』とはまるで違っている。


 今週の『サンデー毎日』は、『Will』と『Hanada』の編集者を経て独立、『「“右翼”雑誌」の舞台裏』という本を出した梶原麻衣子氏と社会学者・西田亮介氏の対談記事「“右翼”雑誌の現場から見た『保守』と言論空間」という記事を載せている。もともと右翼的な思想を持ち、『Will』や『Hanada』編集部でも人一倍それが強かったという梶原氏は、おそらくさまざまな社会事象の探究よりオピニオンのあり方に関心があるタイプであろうから、その感覚には理解できない点が多いのだが、興味深いのは、安倍晋三元首相の存命時は左派からの安倍批判に対抗する形でまとまって見えた「岩盤保守層」が、『朝日新聞』の紙面が保守化して以降、一致団結するテーマが見つからず、安倍氏の他界後は「次の批判対象を探すような状態」でバラバラになっていったという指摘だ。そういった違和感から梶原氏は『Will』編集部を離れたという。


 私自身の感覚では、昭和期の右派には皇室という思想の核があったのに、現代の右派(≒ネトウヨ?)は、ただ単に左派・リベラルへの嫌悪を吐き出して留飲を下げる存在にしか映らない。左派リベラルは人権や格差、環境など彼らが重視する問題をアピールし、その解決を彼らなりに考え、唱えている。もちろん、その主張を全否定する立場もあっていい。ただその場合、右派の人々は左派が指摘する問題を自分たち流の方法で解決できると思うのか、それとも解決せず、放置したままでいいと思うのか。左派攻撃の「その先」に目指すものが見えてこない。それとも、彼らは目指す未来像を何も持たないのか。「次の批判対象を探す」という梶原氏の言葉を見ると、「やはりそうなのかもしれない」という思いが湧いてくる。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。