宮下芳明 明治大学教授らが、イグ・ノーベル賞を受賞!


受賞を記念して『医薬経済』2022年6月15日号

医工連携の実践者69 「塩味が5割増しになる箸」を再掲




 高血圧症は、高齢者を中心とする国民の3人に1人が該当すると推定されており、国民病と呼ぶにふさわしい。日本人に高血圧の多い原因のひとつが、国土の周囲を海に囲まれ潤沢だったための食塩摂取量の多さだ。かつてに比べれば随分減ったとは言え、最新の国民健康・栄養調査(令和元年)でも、1日あたり食塩摂取量は成人男性10.9g、成人女性9.3gで、WHO(世界保健機関)が提唱する摂取基準5.0g未満の倍もある。


 ただ、国民の健康寿命(自立)に価値を置く場合、単に減塩すればよいというものではない。高血圧は脳卒中や心臓発作など重篤な合併症を起こさなければ日常生活への影響がとくにないのに対し、近年急速に問題視されるようになってきたフレイル(心身の虚弱)では自立が失われる。そして同じ国民健康・栄養調査で、フレイル予備群である低栄養傾向(BMI20未満)に65歳以上の約6人中1人が該当している。そうした人たちが最優先すべきは栄養摂取なのに、味付けが薄いと一般に食は細る。つまり、栄養摂取を減らさず塩分だけ減らす知恵が必要だ。


 4月、この難題解決に役立つ電極つき箸を開発したと、キリンホールディングスがプレス発表した。電流の強さが特定の波形で陰陽入れ替わることによって、食事の塩味を約1.5倍強く感じるという。これまでと同じ味付けで3分の1減塩できる理屈だ。


 なぜそんなことが起きるのか原理は後述するが、この研究をキリンと共同で行ってきたのが、宮下芳明(ほうめい)・明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科教授(写真)だ。


 小学生時代からコンピュータに親しみ、その能力を活用すれば、疑似体験できる世界が拡張して人生も豊かになると考えて、さまざまな方向に応用を試みてきた。今回の箸は一成果物に過ぎないが、これですら日本人の健康寿命を一気に伸ばすかもしれない潜在力を秘めている。