■エンタメ的しかけの背後にある長期戦略


 次に先述したセミナーから、non-SaMDの2事例を整理し、関連情報を補完して紹介する。


事例1  “仲間”と楽しく目標達成を目指せるプラットフォーム

【演題】デジタルピアサポートの研究紹介

【ソニー出身の演者】長坂剛氏(エーテンラボ(株) 代表取締役CEO)。ソニー(株)入社後、B2B営業、デジタルシネマビジネスの立ち上げ、本社事業戦略部門(マネージャー)、プレイステーションネットワークの新規サービス立ち上げ等を経験。


【行動変容にフォーカス】社名のA10は、感情や幸福感を司る脳のA10神経群に由来し、「行動変容でみんなを幸せにする会社」を謳う。ソニー社内の新規事業創出プログラムSSAP(Sony Startup Acceleration Program)のオーディションを通過、社内ベンチャーとしての短期集中育成期間を経て16年に設立、17年にソニー(株)から独立。同年から『みんチャレ』シリーズの提供を開始した。


【着目した課題】医療やヘルスケアの分野で、行動変容の課題(食事、運動、社会参加など)や「何をすればよいか」はわかっているが、継続が難しい。特に生活習慣病の治療が続かないことが医療費の膨張につながっている。


【ゲーム要素や行動経済学を取り入れた解決策】同じ体験や課題を共有する仲間(peer)が支え合うピアサポートを、アプリを介して実現する「デジタルピアサポート」。自分の行動を自ら認知して意味づけし、他者から正のフィードバックが戻ってくることで、「気づいたら習慣化し、健康になっているという体験」を提供する。これは行動を変えることで感情の変容をもたらす「行動活性化療法」に近い。


 具体的には、同社が「三日坊主防止アプリ」「習慣化アプリ」とも呼ぶスマホ向けのアプリ『みんチャレを介して、同じ目標を持つ5人1組で匿名のチームをつくり、目標達成に向けてその日に行った証拠写真やひと言メッセージを相互に送って励まし合う。


 AIのチャットボットなど楽しくチームビルディングができる工夫に加え、コンピュータゲームのゲームデザイン要素等を応用した「ゲーミフィケーション」、経済的なインセンティブや行動の強制をせずに人が意思決定する際の環境をデザインすることで自発的な行動変容を促す「ナッジ」も取り入れている。例えば、『みんチャレ』を続けるとコインが貯まり、地域の福祉施設への寄付や災害義援金などに使えるという機能もある。「自分が健康になる」と「社会が良くなる」「SDGsを循環させることができる」というサービスで、シニアにも好評だという。


【基本的な仕組みで特許を取得】特許は「複数のユーザがインターフェースを介してチャットコミュニケーションを行う」「サーバ端末がユーザ端末から所望のチームを選択する要求を受け付けてユーザをチームに登録する」「ユーザ端末から所定期間ごとに生活習慣情報を受け付け、サーバ端末のユーザデータ格納部に格納する」といった『みんチャレ』の基本的な仕組みについて『生活習慣改善の提供方法』として取得(23年3月、特開2023-030037)しているため、多様な展開が可能だ。


【自治体・企業・健保向け事業も展開】一般向け事業のほか、自治体向けに「フレイル予防」「生活習慣病の重症化予防」、企業・健保向けに「禁煙・健康増進」「ダイエット」「販促支援」の事業等も展開している。


フレイル予防事業:対象となる高齢者に『みんチャレ使い方講座』を実施。スマホ操作の習得とオンラインによる健康づくりを一体化したアプローチによって、参加者同士がつながり、自力でフレイル予防を継続できる仕組みを提供している。自治体は、アプリ利用データから可視化された事業の効果を確認でき、将来的な介護費用の削減を期待できる。


みんチャレ禁煙:❶企業・健保提供の禁煙プログラムで苦労しがちな参加者集め(ナッジを活用したチラシ・HP等の勧奨ツール)→❷3ヵ月の禁煙プログラム〔禁煙補助薬(日本調剤オンラインストアと連携しニコレット/ニコチネルパッチを自宅配送)+『みんチャレ』+事務局機能(禁煙ノウハウ提供、禁煙状況の定期確認〕→❸再喫煙防止(『みんチャレ』で禁煙に成功した仲間と継続にチャレンジ)の3ステップから成る。日立健康保険組合、ヤマハ、関西電力、SOMPOひまわり生命、WingArc 1ほか多くの企業・健保に採用されている。


【成果報酬型のマネタイズ】『みんチャレ禁煙』は医療機器ではないので効能・効果は謳えないが、企業・健保が採用しやすいよう、「初期費用20万円/回、参加費用3.3万円/人、禁煙が成功しなかった場合2.3万円/人(いずれも薬代込み)」という成果報酬型のビジネスモデルにしている。1回の募集で515人参加、禁煙成功率54%という例示(日立健保)から単純計算すると、単年度で約1,500万円になる。


【研究機関と協働しエビデンスを収集】24年9月現在、国内16の研究機関と、デジタルピアサポートを用いた生活習慣病・フレイル予防のエビデンスづくりを進めている。テーマは「糖尿病」「フレイル予防」「外出促進」「特定保健指導」「野菜摂取」「歩数」「リハビリ(精神、アルコール、作業療法)」「ADHD」など多岐にわたる。「高齢者の身体活動量増加の検証(JMIR Aging, 2024)」「健常者へのコミットメントナッジによる歩数変化の検証(PLOS ONE, 2024)」については論文を発表済みだ。同社は将来的な保険適用や世界展開も視野に入れているという。


【効果の出せるヘルスケア産業を目指す】ヘルスケア分野の研究は医薬品に比べると、コントロールされた状況下での研究が難しく、症状が重くない人が対象であるため効果の幅が狭い等のハードルがある。また、医療機器化や保険償還等の規制改革が進んでいるものの、ビジネスモデルが確立されておらず、多大な研究費をつぎ込みにくい。長坂氏は「デジタルヘルス業界としてアウトカム評価を導入する方向で進めていきたい」「エビデンスを積み上げて、治療ガイドラインに“生活習慣の改善または治療アドヒアランス向上のためにデジタルピアサポートが有効”と書かれるような世界、最終的には持続可能な仕組みでウェルビーイング社会の実現を目指していきたい」と語った。