■リスクに“備える”だけの生保から脱却


事例2 自分の健康増進で“未来を変えていく”保険

【演題】WaaS(Well-Being as a Service)エコシステムの構築に向けた取組みについて

【ブランド戦略やオープンイノベーションに携わってきた演者】藤本宏樹氏(住友生命保険相互会社 常務執行役員 兼 新規ビジネス企画部長)。通産省(当時)出向、秘書室長、経営総務室長などを経て、2011年に同社のブランド戦略プロジェクト、19年に新規ビジネス企画部を立ち上げ。20年末にはCVCファンド「SUMISEI INNOVATION FUND」を設立し、WaaSエコシステム構築、デジタル保険ビジネスなどの領域でオープンイノベーションを推進してきた。


【時代とともに社会貢献の中身が変化】1907(明治40)年創業の同社は、52(昭和27)年に現社名になって以来、「社会公共の福祉に貢献する」をパーパス(存在意義)としている。ただ、社会貢献の中身は時代とともに変化してきた。寿命が次第に延びている時代には、死亡後の遺族補償、長生きのリスク、働けなく立ったときのリスク等に備える「経済的ウェルビーイング」。平成に入ると平均寿命と健康寿命に差が生じ、健康寿命の延伸を手伝うことが社会貢献という時代になった。


【自分の健康リスクを減らすと各種の特典が】従来型の保険はリスクに備えることはできても、減らす力はない。そこで、生命保険契約と健康プログラムを組み合わせた健康増進型保険『Vitality を提供し、「経済的ウェルビーイング」だけでなく「健康(面の)ウェルビーイング」を提供することにした(18年7月発売)。


 この商品は、生命保険契約と『Vitality 健康プログラム』の2本立てになっている。『Vitality 健康プログラム』は、ウェアラブルデバイスとスマホ向けのアプリを連携させて加入者のデータを蓄積し、「健康活動量」が多いほどポイントが溜まる仕組み。ポイントに応じて、保険料の割引に加え、特典(リワード)を獲得できることが大きな特徴だ。


 加入時に基本の保険料から15%割引(スタートダッシュ割引)。そこから1年間の累計ポイント(pt)に基づいて判定した4つのステータスに応じて毎年保険料が変動する。ブルー(0pt以上)は+2%、ブロンズ(12,000pt以上)は±0%、シルバー(20,000pt以上)は-1%、ゴールド(24,000pt以上)は-15%なので、トータルで基本の保険料から最小で13%、最大30%の割引となる。


【長期・短期のメリットで継続の動機付け】1年スパンの保険料割引に加え、短期のメリットも提供して行動変容を促す仕組みがある。一つは加入者が利用できる、健康関連の製品・サービス等〔健康診断(血液検査)、ウェアラブルデバイス、フィットネスジム、スポーツ用品、ヘルシーフード、旅行代金〕の割引。このほか、1週間単位で設定する運動ポイント目標を達成すると特典が受けられる「アクティブチャレンジ」も実施。目標達成でスターバックスやコンビニのドリンク等と交換できる各種チケットのほか、あしなが育英会、日本対がん協会、日本赤十字社、WWFジャパン等への寄付も選択できる。実際、日本対がん協会への寄付は3年間で2億数千万円が集まった。


 人は一度手にしたメリットを手放すときに痛みを感じる傾向があり(損失回避の法則)、保険料が上がるくらいなら、頑張って活動する。すると、より健康になり、保険会社の支払いが減り、社会全体の医療費も減るといった「三方良し」が期待できる。


【世界展開する本家 Vitality】住友生命の『Vitality』は、南アフリカの大手金融会社Discoveryと提携し、日本人の生活習慣や健康増進の取り組み状況に適した保険商品を共同開発したも

のだ。1992年設立のDiscovery社は、97年に健康増進型保険Vitalityを発売し、世界的な評価を得た。日本発売直前(18年6月末)には、世界17の国と地域で約840万人に提供されていた。


【加入者データの集積と事業展開】加入者の行動データやアンケートから健康意識の変化だけでなく、一日当たりの歩数増加とその後の継続、加入時血圧高め(収縮期血圧140mmHg以上)だった人の血圧低下などのデータが得られている。


 24年3月には、企業向けに『Vitality 福利厚生タイプ』を発売。従業員に『Vitality 健康プログラム』を利用してもらい、取り組み状況の月次・年次レポートを企業に提供するほか、各種サポートメニューを提供して健康経営を支援するもので、既に多くの契約申し込みがある(『Vitality』加入者数はこの福利厚生タイプ発売時に約130万人としていたが、24年9月には間もなく累計200万人に到達するとプレスリリースしている)。


 生命保険会社には、ウェアラブル端末から得られるデータ、食生活等のオンラインアンケートへの回答内容、健康診断結果等、入口から出口までのデータが集積している。個人の健康状態や生活習慣の改善につなげるべく、このビッグデータからパターンや関連性を解明すべく(株)PREVENTとの共同研究を24年8月に開始した。また、茨城県鹿嶋市の社会実装事業では、対象者をリスク分けし、低~中リスク者には『Vitality 健康プログラム』、高リスク者にはPREVENT社の生活習慣改善プログラム『Mystar』を使ってもらうことで、ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチを同時提供している。12,000人規模の健保で、5%のハイリスク者が全医療費の52%を使っているというデータもあり、ハイリスクアプローチは医療費削減につながるとの期待が高い。


【価値とマネタイズのポイントをずらす】日本人は「病気になったら医療機関に行けばよい」という感覚があるため、デジタルヘルスアプリになかなか自費を投じないというのが関連各社の悩みだろう。その点で、「バリュー(価値)ポイントとマネタイズポイントをずらすことが結構大事」(藤本氏談)。『Vitality』の場合は、それぞれ健康プログラムと保険契約に相当する。マネタイズはあくまで保険の部分で行う。


 なお、保険商品とは別に一般向けに『Vitality健康プログラム』単体も有料で提供している。標準プログラムで月額880円(税込)で年間約1万円。24年4月時点で約129億円(約129万人分)の収益を上げているが、この部分は利用者に還元してぎりぎり赤字にならない運営をしている。


【SDGsの先を見据えウェルビーイング事業に注力】持続可能な開発目標(SDGs)への取り組みは30年以降も続いていくだろうが、その後のキーワードは“Well-Being”(身体的・精神的・社会的に良好な、満たされた状態)になるだろう。政府の骨太方針、省庁や地方自治体の指標、企業の有価証券報告者等でこの言葉が激増している。SDGsの焦点が負の課題の解決であるのに対し、ウェルビーイングは正の価値創造といえる。藤本氏は「個人のウェルビーイングの可視化にも取り組み、病があっても年を重ねても幸せに生きられるような色々なサービスを生み出していきたい」と語った。


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 紹介した2事例は背景や業種が異なるものの、共通点がある。まず、商品・サービスの開発・提供にあたって行動経済学や心理学を取り入れ、「健康になりたい」「自分が達成した記録を確認するのが好き」「割引など実利的な部分に魅かれる」「仲間とのコミュニケーションを楽しみたい」「ゲームっぽく楽しみたい」など、さまざまな特性の人を “どこかで引っ掛けて”継続させる要素を複数ちりばめていること。事業に対する視界が広く、多層的な展開をしていること。さらに「自社の商品・サービス展開によってどういう新しい世界を実現させたいか」という長期ビジョンがあることだ。


 医療の世界にどっぷり浸かり、SaMDとしての承認や保険適用という一筋の道にフォーカスしていると行き詰まりがちだ。患者を対象とするDTxの場合、治療や生活習慣改善を継続する切実感は一般の人より強いかもしれないが、義務感や自己効力感だけでは動機付けとして弱い。他領域の企業が関わるここうしたnon-SaMDからも何らかのヒントが得られるように思う。


(2024年9月27日時点の情報に基づき作成)

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。