うつ状態は1日のなかで変化する。人によってつらい時間帯や変化の状況は異なる。浜田氏は、朝から昼までがつらく、それが終わるとずっと楽だったという。


 内田氏によれば、〈うつ状態のときは、いわゆるIQの意味での知能は落ちないものの、情報処理能力やそのスピードはかなり影響される〉が、浜田氏の場合、〈研究というのは一見異なるところ同士を結びつけて発展させる類推や対比の思考ができなければいけない。しかし、うつになると創造力がどうも不足してしまって、それまでのように研究ができなくなった〉という。


 一時は、希死念慮(死にたい気持ち)を抱いて、〈地下鉄に飛び込んでしまいそうな衝動に駆られた〉ほどで、かなり深刻な症状だった。


■日米で異なる医療スタッフ・患者の関係性


 闘病の詳細は本書を読んでいただきたいが、浜田氏は突然の離婚や子どもの自死などの困難を経つつも、入院治療や薬物治療、周囲の協力により躁うつ病を克服した。


 医療の面で気になったのは、米国での医療を経験した浜田氏と実際に医療に携わる内田氏の目から見た、日米の医療の違いだ。


 米国では、医療スタッフ同士の関係に日本でしばしば見られるような過度な「序列」はあまりない。


 医師と患者の関係もフラットだ。昨今、日本でも「共同意思決定」という言葉が少しずつ聞かれるようになってはきたが、〈言葉を交わしながら一緒に納得できるやり方を探していく関係がアメリカの医療者と患者の間には多くの場合見られます〉(内田氏)という。


 文化や国民の意識、医療制度が異なるため、必ずしもどちらがよいとは言えないが、医療スタッフや患者の間の関係性が異なることで、提供する医療や治療の効果にどんな違いが出るのか、気になるところだ。


 経済学者ならではの見立てだと感じたのが、浜田氏が指摘する経済政策と医学の類似性である。〈科学的でありながら、ひとつに解決策が定まらなかったり、患者さんや経済の変化を見ながら修正を重ねるところだったり、技法が科学というよりアートに近い〉。どちらも一筋縄ではいかないのだ。


 躁うつ病や数々の困難に直面しながらも、何とか乗り越えて超一流の実績を残してきた浜田氏。その半生を記した本書は、いわゆる自己啓発本や成功物語とは違った意味で、生きていく力をもらえる1冊でもあった。(鎌)


<書籍データ>

うつを生きる

内田 舞、浜田宏一著(文春新書1078円)