医薬経済オンライン

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「薬局空白」解消もなお残る課題

旧原発避難区域の南相馬・小高区を歩く

2017年4月1日号

JR小高駅から延びるメインストリートは閑散としている 風で砂埃が舞い、どこからか「ダッ、ダッ、ダッ、ダッ」と重機の音が聞こえる。JR常磐線小高駅から一直線に伸びる目抜き通りに、賑わいはない。少し歩き、「小高浮船ふれあい広場」まで来ると、屋外スピーカーから大音量で、Perfume(パフューム)の「TOKYO GIRL」が流れていた。しかし、周囲に人影はなく、それを聞く人はいない??。 3月11日で東日本大震災から丸6年が経過した。同17日、福島県南相馬市の小高区(地域自治区)を訪れた。 東京電力福島第1原発事故の影響で、20キロ圏内の小高区にはずっと避難指示が出ていた。帰還困難区域を除いて、避難指示が解除されたのは16年7月のことだ。 小高区の震災当時の人口約1万3000人のうち、避難指示解除で帰ってきたのは、約1割にとどまる。住民登録した人の3割強が65歳以上で... JR小高駅から延びるメインストリートは閑散としている 風で砂埃が舞い、どこからか「ダッ、ダッ、ダッ、ダッ」と重機の音が聞こえる。JR常磐線小高駅から一直線に伸びる目抜き通りに、賑わいはない。少し歩き、「小高浮船ふれあい広場」まで来ると、屋外スピーカーから大音量で、Perfume(パフューム)の「TOKYO GIRL」が流れていた。しかし、周囲に人影はなく、それを聞く人はいない??。 3月11日で東日本大震災から丸6年が経過した。同17日、福島県南相馬市の小高区(地域自治区)を訪れた。 東京電力福島第1原発事故の影響で、20キロ圏内の小高区にはずっと避難指示が出ていた。帰還困難区域を除いて、避難指示が解除されたのは16年7月のことだ。 小高区の震災当時の人口約1万3000人のうち、避難指示解除で帰ってきたのは、約1割にとどまる。住民登録した人の3割強が65歳以上で、

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