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津波対策の先覚者−医師・木川田典彌の足跡

第3回 歴史から学び、備えを怠らない

ジャーナリスト 出河雅彦

2021年6月15日号

 岩手県大船渡市の医療法人勝久会理事長だった木川田典彌氏(今年2月に84歳で死去)は、東日本大震災が起きた2011年3月11日金曜日の午後、東京に滞在していた。翌朝から行われる産業医研修会に出席するため、昼頃上京し、代表理事を務めていた公益社団法人日本認知症グループホーム協会の本部(新宿区)にいたのである。 木川田典彌氏=医療法人勝久会提供 真っ暗な闇に覆われた市街地  大津波の襲来を知り、岩手に帰ろうとしたが、新幹線は止まり(※1)、タクシーはつかまらない。仕方なく首都圏に住む知り合いに電話して車を探した。透析関係の業者である知人から自家用のワゴン車を借り、勝久会からグループホーム協会に出向していた男性職員の運転で東京を出発したのは13日の早朝だった。前日の12日午後3時36分には、全電源喪失で原子炉の冷却ができなく...  岩手県大船渡市の医療法人勝久会理事長だった木川田典彌氏(今年2月に84歳で死去)は、東日本大震災が起きた2011年3月11日金曜日の午後、東京に滞在していた。翌朝から行われる産業医研修会に出席するため、昼頃上京し、代表理事を務めていた公益社団法人日本認知症グループホーム協会の本部(新宿区)にいたのである。 木川田典彌氏=医療法人勝久会提供 真っ暗な闇に覆われた市街地  大津波の襲来を知り、岩手に帰ろうとしたが、新幹線は止まり(※1)、タクシーはつかまらない。仕方なく首都圏に住む知り合いに電話して車を探した。透析関係の業者である知人から自家用のワゴン車を借り、勝久会からグループホーム協会に出向していた男性職員の運転で東京を出発したのは13日の早朝だった。前日の12日午後3時36分には、全電源喪失で原子炉の冷却ができなくなっ

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