「記憶の解凍」というプロジェクトは白黒の家族写真がカラーされることで被爆者の子ども時代の光景が蘇って、他者との対話が生まれ、遠い過去の出来事としての戦争や当時の生活の様子など今を生きる人とのつながりをつくるという話を聞いて、確かに明治の人の写真がカラーになっているのを見るとほんの数十年前に生きていた人なんだと思えました。身内の古い写真がカラーになったらどんな気がするのでしょう。


 さて、アートとして観るのは大抵モノクロ作品の写真展です。色がないことで自分に関わりのない人や出来事、時代を俯瞰するのが好ましいかもしれません。


 今開催中のBunkamuraザ・ミュージアムの『写真家 ドアノー/音楽/パリ』(3/31まで)は告知の名前をみてもピンと来なかったのですが、あの『パリ市庁舎前のキス』で世界的に有名な写真家とわかり、これは是非とも見ておこうと久しぶりにBunkamuraへ、渋谷のスクランブル交差点をちょっと敬遠して原宿駅から行きました。



 今回は音楽的視点で構成されているので『パリ市庁舎前のキス』はもちろんありませんが、この音楽というテーマはとても興味深いものでした。会場では当時流れたシャンソンやジャズなど関連のある曲が静かに流れていて、それがその時代の空気を運んできてくれていました。作品は大体パリ解放後から1992年までのものでした。


 ドアノーの活躍した頃はまだモノクロが主流で、彼の愛用したローライフレックスによってモノクロに閉じ込められた世界のマリア・カラスやエディット・ピアフに名もなき演奏家たちを見るというのは、その場に入り込むような生々しいものではなく、ちょっとひいてその空間をのぞいているような気分にさせてくれました。



 ついこの間まで誰もがカメラを構えてシャッターを押し、被写体をフィルムに焼き付けて、でもプリントするまで果たしてどんな風に写っているのかわからないのが写真でした。〝セットしたフィルムが残り1枚というときに撮った写真〟という解説が、平成生まれの若者にどれだけ理解できるのかなとふと思ったりもしました。


 今ではその場で映った光景を確認し、トリミングや加工までして誰かに送ることもできてしまいますが、シャッターに指をかけて、うまく撮れることを願いながら一瞬のタイミングを狙う感覚はもう味わいにくくなっているから、なおさらフィルムの作品に惹かれるのかもしれません。


 スマホではなく「写真機」を持参すると入口でポストカードがもらえるようです。