『男と女 人生最良の日々』(2019年/フランス/90分)。監督:クロード・ルルーシュ。


(『男と女 人生最良の日々』公式サイトから、以下同)


1966年に制作された『男と女』の続編。半世紀のときを経て再会した2人の老いらくの恋物語である。正確には1986年に同じ監督・主演で『男と女Ⅱ』が作られており、続々編になるが、2作目はあまり話題にならず、この作品にもエピソードは出てこないので、これが正規の続編と言ってもいいかもしれない。人気作がシリーズになることは多いが、53年の空白ののちに制作するのは珍しい部類。ただ、そのことが商業主義のために使われた印象は拭えない。


初編があまりにも有名で大ヒットしたので、今後鑑賞する人も多いはず。公開されたばかりだから詳細な説明は控えるが、介護施設で暮らすジャン・ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)のもとにかつての恋人アンヌ(アヌーク・エーメ)が訪ねる話である。回想シーンは、もちろん66年版の場面がふんだんに使われており、それがこの映画のウリになっている。セピア色に仕上げられたかつての名場面は、CG全盛の現代シネマのなかで驚くほど新鮮に映る。



監督のクロード・ルルーシュは報道カメラマン出身らしく、初編はドキュメンタリータッチの映像表現をスリリングに展開して見せ、当時新進作曲家だったフランシス・レイの斬新な音楽が見事に融和して世界的なヒット作品になった。ルルーシュはこの成功で仕事の依頼が急増。68年には自国開催となったグルノーブル冬季五輪の公式記録映画『白い恋人たち』を制作、余勢を買って72年のミュンヘン五輪でもメガホンを取った。


フランシス・レイは『男と女』の大ヒット以降、ルルーシュと数多くコンビを組んだが、名声を決定的にしたのは、アカデミー作曲賞を獲得した70年の『ある愛の詩』。映画は凡庸だったが、音楽が作品の評価を上げた。『男と女』は、音楽の素晴らしさが前面に出た点で映画音楽の地位を一段と引き上げた記念碑的な作品だ。フランス映画は『禁じられた遊び』(1952年)、『太陽がいっぱい』(1960年)など、テーマ音楽が後世に残る伝統があった。


(「ピンタレスト」から)


最近のフランス映画は全般に低調で、さしたるスターも出てきていないが、1960年代のフランスは、イタリアと並んで映画の黄金時代だった。ジャン=リュック・ゴダール監督の作品は世界的に広がりつつあった学生運動の影響で、観念的な作風ながら若い世代に人気があった。フランソワ・トリュフォーやルイ・マルも秀作を出した。


忘れられないのが、ロベール・アンリコ監督の『冒険者たち』(1967年)だ。全編に流れる切ないメロディとともに青春映画の最高傑作のひとつで、何度見たことか。68年のキネマ旬報ベストテンで第1位になった。ちなみに、この映画のラストシーンは、わが国青春映画の金字塔『八月の濡れた砂』(1971年/監督・藤田敏八)の最後の場面に色濃く投影されている。


閑話休題。アヌーク・エーメ観たさで足を運んだ。御年87歳とは思えぬ美貌だが、往時とは比べるべくもない。ジャン=ルイ・トランティニャンはさらに2歳上で皺の多さは目立つものの、相応の演技をこなしていた。ただ、いかんせん内容は乏しい。最も印象に残ったのは、初編を使った回想シーンでクルマが市街地を疾走するスピード感だった。認知症が進む父に昔の恋人を再会させて記憶回復を促す物語、と言えば身も蓋もない。初編のインパクトが強いために生じる落差の感覚は、最後まで払拭できなかった。


それでは何のための新作鑑賞だったか、ということになるが、50年前との対比、その2つをつまみ食いするのだと割り切れば一見の価値は生まれる。“イタリアの宝石”モニカ・ベルッチのオマケつきである。意味不明だけれど……。(頓知頓才)