昔の少女の憧れのひとつに「バレエ」というのがありました。その頃バレエは遠い異国の象徴だったのかもしれません。同級生が習っていて私はもっぱらマンガで見ていましたが、実際の鍛え抜かれたダンサーの動きには目を奪われます。とはいえ劇場に足を運んだことはありませんが、何本か観たバレエが重要な要素になっている映画は傑作が多い気がします。


 ネットの映像再生回数がすごいと話題になった男性ダンサーのドキュメンタリー『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン〜世界一優雅な野獣』(2016)はハンサムで眼光鋭い若手ダンサーの子ども時代から現在までを映し出しています。当時としてはずいぶん撮ったホームビデオやダンス学校、そして人気ダンサーとして活躍する映像に新しく撮影された映像を加えて実にうまく構成され、まるでシナリオのある作品のようでした。でも作られた物語ではないのは、舞台の上では役を演じ、それ以外は演技ではない素の彼自身の苦悩や葛藤、悲しみ、喜びが映し出され、こちら側に迫ってくるので容易にわかります。ドキュメンタリーとしては当然ですが、彼自分の半生を他人に晒け出してしまう作品をよく公開したなと思いましたし、つくづく才能ある者の苦しみというものは、凡人にはとても耐えられそうにないこともわかりました。その彼がサブタイトルにある〝優雅な野獣〟と呼ばれたのは若くして手にした並外れた跳躍力、表現力の美しさと、併せ持つその傍若無人な振舞いからです。孤高の天才バレエダンサーであるのは、バレエど素人でも納得できました。


 さて、ドキュメンタリー以外の作品をいくつか。


 オリジナル・ストーリーの『Girl』(2018)はまさに今の時代の話です。バレリーナになりたい一途な、だけどそれゆえに危うい思春期のひとりのトランスジェンダーの葛藤を描いていて、胸に迫るシーンが多々ありました。賛否両論あるようですが観てよかった1本です。また、父が求める強い男になるためにやらされていたボクシングよりバレエに惹かれた男の子の話『リトル・ダンサー』(2000)もジェンダーについていろいろ考えさせられるものでした。



 史実に基づいたストーリーで本国ロシアで議論を呼んだ『マチルダ〜禁断の恋』(2017)は、本場ロシアバレエの創世記時代のスタイルが堪能できる作品ですが、ダンサーの女性が皇帝の愛人となり、やがて波乱の人生を自分の信念に基づいて切り拓いて強く生きていく女性のたくましさと皇太子の不甲斐なさが印象的でした。ロシアが大きく動いた時代の裏側にはこんな女性がいたのかと興味深く、歴史秘話といったところがありました。また、『愛と哀しみのボレロ』(1981)は、実在の二世代4組の家族の人生をヒントに描く壮大なドラマですが、最後にその別々の人生を生き抜いてきた人々が一堂に会したなかでジョルジュ・ドンが踊る〝ボレロ〟のシーンは圧巻でした。強く印象に残っています。彼が演じるルドルフ・ヌレエフの実話が『ホワイト・クロウ』(2018)として公開されましたが、ドラマチックな亡命劇は当時ニュースにもなったのを思い出しました。そこには、ひたすら踊ることだけを渇望していたダンサーがいたのを初めて知りました。


 もう1本、『王は踊る』(2000)ではバレエに熱中していたという太陽王ルイ13世のちょっと意外な一面が描かれていて、興味深い内容でした。


 こうしてみるとバレエの背景には時代の変貌や様々な問題もあって、世界を別の角度からみることができるようです。