『ある女流作家の罪と罰』(2019年/106分)。監督:マリエル・ヘラー』



 図書館で本を借りると、ごく稀に紙の類いが挟まっていたりする。走り書きをしたメモとか、その本の書評が載っている新聞の切り抜きなどである。栞の代わりと思われる。あまり気分のいいものではないが、線を引くよりはマシである。気に入ったところに黒鉛筆で遠慮しがちに薄くマーキングしたのを見つけると読む気が失せる。どの個所に感動したか、関心したのか。返す本になにも証拠を残すことはあるまい。興覚めも甚だしい。


 本作は、著名人の私信(手紙)を偽造して古書店に売り歩く、売れない独身女流作家の実話に基づいた物語。国内では昨年封切られた比較的新しい映画だが、日本では劇場公開はなく配信とDVDなどのソフト限定だった。主役のメリッサ・マッカーシーはアカデミー主演女優賞の候補にもなった。原題は「Can You Ever Forgive Me?」。これくらいの英語なら、そのままでもいいと思うが、例によって身も蓋もないタイトル。



 映画の主人公リー・イスラエルは2004年に他界しており、2008年に発表した自伝をもとに作られている。オスカー(主演女優賞)4度受賞の最多記録を誇るキャサリン・ヘプバーンのインタビューで注目され、伝記作家として活躍していたリーはその後ヒット作に恵まれず、家賃を滞納するほど困窮していた。校閲の仕事も上司に悪態をついたかどでクビになり、額縁に入れて飾っていた宝物のC・ヘプバーンが自らにあてた手紙を古物商に売り渡してしまう。



 思わぬ大金が入った彼女は味をしめ、セレブの私文書偽造にのめり込む。友人のジャック(リチャード・E・グラント)に声をかけ、商売に精を出す。手紙の偽造はますますエスカレートし、コレクターを集めた古物展覧会にも2人で足を運び、収集家の傾向を調べ対策を練るのだった。もともと作家であり、著名人への取材を手掛けた文筆家のリーにとって、手紙の贋作はお手のものだった。マレーネ・デートリッヒ(女優)やドロシー・パーカー(評論家)の手紙を参考に次々とニセの私信を作っては売り捌き、生活資金にした。


 しかし、悪事はやがて露見する。収集家の間でデートリッヒの私信に対して疑念が広がる。そこで、今度はジャックが代わりに古物商に出入りするが、FBIの網の手に引っ掛かってしまう。そして彼女は観念し、弁護士のもとを訪れる。裁判所の心証をよくするために社会奉仕活動と断酒会に参加し、執行猶予のついた温情判決をもらう。裁判長の勧めにしたがい、最後にこう語る。「いろんな意味で、人生最良の時期でした」



 登場人物は比較的少なく、ストーリー展開も穏やか。映像は暗い場面が多く、全体を通して地味な作り込みになっている。主役2人(リーとジャック)がベテランの味を出し抑制を効かせて演技していることもあり、落ち着いた映画に出来上がっている。これほど良質の作品が劇場公開されなかった理由がわからない。映画通でなければ主役の2人(メリッサ・マッカーシーとリチャード・E・グラント)で客を呼べないと判断したのか。内容と出来栄えが一般受けしないので、動画配信に賭けたのか。


 あるいは、ネット配信やDVDなどのメディアによる公開でも採算が取れる時代になったのかもしれない。いまは皆、自宅で悶々としている。筆者はアマゾンのプライムビデオで400円を払った。3人が配信を受ければ、劇場封切り映画1回分に充当する。この難局を奇貨として、こうした興行形態が普及するのも悪くない。(頓智頓才)