『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(2021年制作/157分/イタリア)。監督:ジュゼッペ・トルナトーレ



敗北感味わうもマカロニ・ウエスタンで世に出る

 

 不朽の名作『ニュー・シネマ・パラダイス』(パラディソ)の監督が映画音楽の巨匠モリコーネの足跡をたどるドキュメンタリー映画を撮った。イタリア映画好きが見ないわけにいかない。例によって噴飯ものの陳腐なサブタイトルが付いている(原題は「エンニオ」)が、まぁそれは大目に見るとしてたっぷり鑑賞した。


 エンニオ・モリコーネ(1928~2020)はトランペット奏者の父親のもとで演奏を厳しく叩き込まれた。ローマの音楽院に入り作曲家を目指して修行を積むが、トランペット奏者上がりの作曲家志望で劣等感を抱える。師事する教授から映画音楽への道を勧められたことも追い打ちをかけた。「映画音楽に関わるのは屈辱だった」と映画のなかではっきり語っている。



 これに似た話を最近読んだ。2016年に刊行された立花隆の『武満徹・音楽創造への旅』である。無名時代に知人の紹介で映画音楽の仕事にありつき糊口を凌いだ武満はすすんで映画音楽に関わったが、モリコーネは敗北感を味わった。


 モリコーネと武満は現代音楽に対する造詣でも共通している。作品のなかで紹介されているが、『夕陽のガンマン』などで口笛や鐘、列車の軋む音などを採用し、斬新な音作りに励んだ。武満も芸術家集団「実験工房」の一員として電子音楽などに取り組んでいた。武満はモリコーネの2歳下。同じ時代を生きた者同士、共通項が数多くあるのは当然のことではある。



 話は脱線したが、モリコーネは小学校の同級生(初対面のときに知ったという)であるセルジオ・レオーネ監督のマカロニ・ウエスタン(イタリア西部劇)で成功を収め映画音楽にどっぷり漬かることになる。


残酷な場面を優雅に表現する手法


 モリコーネ自身は殺人の場面などは見るに堪えないので音を付ける際には見ないことにしていたそうだ。敢えてグロテスクなシーンを盛り込むことで有名なイタリアの巨匠・パゾリーニ監督はモリコーネに音楽を依頼する際には終生、そのような場面をカットしてラシュを見てもらった逸話がある。


 モリコーネのサウンドは、全体を包み込むような荘厳な響きを聞かせる。その代表といえるのが、レオーネ監督の遺作となった「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984年)。弦楽器をフルに使ってユニゾンで聞かせ、コーラスを重ね合わせながら朗々と歌い上げる。ラストの場面も印象的だ。アヘン窟で吸引しながら天井を見上げて微笑む主人公ヌードルス(ロバート・デ・ニーロ)のクローズアップで、再度このテーマが静かに流れ幕を閉じる。



モリコーネへの敬愛の証でメガホン撮る


 1960年代後半からは大量生産の時代に入り、1年で30作近い映画に音楽を付けたともいわれる。あまりの多作ぶりにすべての作品が本人の手によるものなのか疑いの目が向けられた。イタリア国内にとどまらず、フランスやアメリカにも進出した。1970年代の仕事は政治的なテーマの映画が多かったように見える。そのころ筆者が映画館で見たものに『わが青春のフローレンス』(1970年)、『死刑台のメロディ』(1971年)がある。前者は労働組合が舞台。後者は世界的なフォーク歌手のジョーン・バエズが主題歌を歌ってヒット。映画のなかでも取り上げられているが、1920年に起きたイタリア移民の冤罪事件(サッコ・ヴァンゼッティ事件)を題材にしている。


 そして、本作を撮ったジュゼッペ・トルナトーレ監督の出世作『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)に至る。これが監督2作目で当時32歳の新進気鋭に出会ったモリコーネは「この映画(の仕事)は楽しかった」と振り返る。



 ジュゼッペ監督は、その後『海の上のピアニスト』(1999年)、『マレーナ』(2000年)、『シチリア!シチリア!』(2009年)などでモリコーネと組んでいるが、この時以来抱いてきたモリコーネへの敬愛の証としてこのドキュメント制作に取り組んだ。モリコーネの仕事を振り返ることは、そのままイタリア映画の盛衰をたどることに等しい。ドキュメンタリー制作にあたってモリコーネはジュゼッペ監督を指名したというから、浅からぬ縁で結ばれていたのである。


縁遠いオスカー 名誉賞の後にようやく




 モリコーネは映画『ミッション』(1987年)で念願のオスカー(作曲賞)を取ると見られていた。しかし、『ラウンド・ミッドナイト』の音楽担当でジャズピアニストのハービー・ハンコックが受賞した。モリコーネは「取れないに決まっている。もう諦めている。しかし、これ(ラウンド・ミッドナイト)は既存の曲ばかり。オリジナルのものではない」と不満を述べている。



 2007年に長年の功績が認められて名誉賞を受けているが、2016年に『ヘイトフル・エイト』(クエンティン・タランティーノ監督)で6度目のノミネートにしてようやく作曲賞を射止めた。名誉欲と無縁のように思えるが、内心では「これだけヒット作を出しておきながら感謝の一言もない」と不満だったに違いない。(頓智頓才)