『アイリッシュマン』(2019年/209分/アメリカ)。監督:マーティン・スコセッシ
ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ぺシが出て監督がマーティン・スコセッシと聞けば、見ないわけにいかない。これだけの豪華キャストにもかかわらず、公開したのが劇場ではなく動画配信(NetFlix)というのに驚く。この点について監督は「いまは多様な視聴方法があるから」と語っている。また、老優3人が長い年月を演じることからCGによるメイクを導入したことも話題を呼んだ。いいと思えば何でも取り入れる野心家の監督である。
ストーリーは1960年代に起きた労組委員長殺害事件だが、真相は藪の中。映画の主人公・フランク・シーラン(デ・ニーロ)の回想録に拠っている。ジミー・ホッファ(パチーノ)は全米トラック運転手組合(チームスターズ)のリーダーで、マフィアと手を組んで組合の年金基金などを流用するなど長年にわたって不正を働きながら君臨した。
在任中、ライバル組合など敵対勢力の抑え込みに悩み、右腕を探していたジミーにマフィアのボスのひとりであるラッセル・バッファリーノ(ジョー・ぺシ)が、フランクを紹介。以後フランクはジミーの盟友となり、邪魔者を次々と葬って組合幹部として地位を上げていく。ジミーは悪事が露見しロバート・ケネディ司法長官によって起訴・収監される。出所後に委員長返り咲きを画策するが、すでに組合はマフィアの掌中にあり、消される運命にあった。そこでヒットマンに指名されるのが盟友のフランクだった。
フランクが殺人に向かう際、凶器となる拳銃を選ぶ場面がある。あるマフィアが自らの誕生日を祝うため家族総出でレストランに繰り出している。周りはディーガードが固めているが、一般の客も居合わせている。そこで選ぶピストルは、大きな発射音がするタイプだ。フランクがこう語る。
「サイレンサーは不要。大きな音を立てて目撃者が逃げるようにする。奴の妻や子どもがいるのがポイントだ。彼らを目撃者にする」
組織の対立で生じる殺人は、相手が幹部の場合は堂々としたものである。誰が誰を殺したのか、意図を明確にする必要があるからだ。その現場を関係者の目に深く刻み込む。残虐であればあるほど目撃者は恐怖心が増幅し、報復を恐れて証言しない。襲撃は最高のメッセージだ。誰がやったかは明白だが、それを立証する証言は出てこない。裏社会で起きる白昼堂々の出来事である。
アル・パチーノの演技が冴えている。それを引き立てているのが、ペシとデ・ニーロの抑制の効いた演技である。彼らの芝居を見てるだけで3時間はそれほど長く感じなくて済む。60年代の活気あるアメリカを見るだけでも楽しいが、歴史背景をよりよく知っていれば、もっと面白いかもしれない。「ウィキ」あたりでジミー・ホッファのことを調べてから鑑賞することを勧める。
ジミーは1964年に年金の不正運用などで起訴され67年に収監されるが、71年に熱烈支持していたニクソン大統領の特赦で出所している。この間、宿敵のロバート・ケネディは暗殺されており(68年)、本人も75年に謎の失踪を遂げ82年に死亡宣告される。ケネディ家は民主党支持のアイルランド系アメリカ人(アイリッシュ)の家系であり、ロバートの兄ジョン・F・ケネディや父親(ジョセフ・P・ケネディ)はマフィアと関係があった。全米トラック運転手組合はジミーが共和党のニクソンと懇意で、マフィアの力を得て膨張した組織である。一方、マフィアは金城湯池だったキューバをカストロ政権によって奪われ、反米政権を樹立しようとキューバ奪還に注力していたケネディ政権の後ろ盾でもあった。
国家権力(政党)と巨大労組、マフィアの3すくみによる複雑な利害関係こそが、超大国の証である。どこかの島国は、これだけのスケールを展開できない。私たちは、アメリカという国を知っているようで何も知らない。この映画の奥底を考えると、そんな気がする。チームスターズの現会長がジミーの息子というのも、どこか不気味である。
同時に、ハリウッドの底知れぬ奥深さにも圧倒される。これだけの圧倒的な演技を見せつける「老いた役者」がいったい何人いるだろうか。刻まれた皺のひとつひとつがこの国の映画文化の奥深さと層の厚さを見せつける。正直に言えば、お決まりの3人が昔を懐かしむだけの同窓会映画だろうとタカを括っていたが、期待以上だった。映画館並みの月額料金を払ってでも見る価値がある。(頓智頓才)