「適正使用」という言葉はあまりにポピュラーな用語で、本欄でわざわざ取り上げるような言葉ではないと思われる方も多いであろう。言い換えると、それだけ日常用語として定着している。
しかし、この言葉が薬の世界で広く使われだしたのは92年に当時の薬務局長の私的諮問機関として設置された「21世紀の医薬品のあり方に関する懇談会」によっていることは、多くの方はご存知ないのではなかろうか。
当懇談会では「これからの医療における医薬品のあり方とそれを踏まえた行政の役割」をメインテーマに検討が行われた。その答えは「良い薬を早く患者の手に」(研究開発の推進)と「薬の適正使用の推進」の主要2項目であった。ほかに、今話題になっている後発品の問題点を指摘し、その解消策と使用の推進を提示している。
92年に、21世紀を見通した医薬品のあり方の問題を論じたことは先見の明があると同時に、この懇談会の答申は、まさに21世紀の今日、脈々と薬の世界を動かしている画期的なものであった。この答申内容が、今日の医薬品行政や薬の世界に大きなインパクトを与えていることは間違いない。
本答申で、医薬品の適正使用とは「的確な診断に基づき患者の状態にかなった最適の薬剤、剤形と適切な用法・用量が決定され、これに基づいて調剤されること、次いで、患者に薬剤についての説明が十分理解され、正確に使用された後、その効果や副作用が評価され、処方にフィードバックされる一連のサイクル」と定義づけている。ここには薬の適正使用における医師・薬剤師・患者の役割(責任)が明確に指摘されている。
薬の適正使用の重要性が高まってきた背景として、「生命科学等の進歩により新薬の開発技術が高度化し、医薬品そのものの数が増加するとともに、薬理活性が強く適正な方法によらないと副作用が発現する可能性が高まる医薬品や使用方法が複雑な医薬品が増加し、慎重な取り扱いが求められること、多剤併用、長期投与の増加やインフォームド・コンセントや医療の質の向上に対する国民の関心の高まり」などを挙げている。
薬の適正使用の重要性と適正使用の定義が明確にされたことにより、「適正使用」という用語は、一躍医療の現場〜薬物療法〜を左右する金言となった。例えば、実地薬剤師を中心に適正使用に関する調査や研究が広範に行われ、関連学会の特別講演やシンポジウムが開かれ、研修テーマにもなり、薬物療法の正しい発展に寄与していることは喜ばしい限りである。
薬の適正使用という用語が一般的でない時代に、ほとんど同じような意味合いで使われていたのが「薬の正しい使い方」、もう少しアカデミックには「薬の使い方の科学」という表現であった。いずれの表現も、それぞれ的を射ているが、日常会話や会議の席で使うには、いささか堅苦しくて使いにくかった。適正使用という用語が出現して大変スムーズな話し合いができるようになった。
さらに、「適正使用」は医薬品だけでなく血液製剤はもちろん、医療用具・農薬・除草剤・消毒剤の適正使用など幅広く使われ、それぞれの使い方の重要性を指摘している。
安全性を中心に薬の価値を高める運動を展開しているRAD‐AR協議会は03年「くすりの適正使用協議会」と改名された。都薬剤師会は今年も「医薬品適正使用キャンペーン」を展開している。
薬の適正使用の普及と定着は医薬品の真価を発揮させる要であることを医療関係者は銘記したい。
神原秋男 著
『医薬経済』 2006年1月1日号