オーファンドラッグとは「希少疾病用医薬品」または略して「稀用医薬品」と訳されている。20数年前、ある薬局長から「オーファンドラッグを調べたいが文献調査に協力してくれ」と電話があり、オーファンドラッグとはひとつの薬効カテゴリー用語と見当違いをして、調べるのに苦労した恥ずかしい思い出がある。
オーファン(orphan)とは孤児、片親のない子を意味し、サポートやケアの欠けた状態を指す。すなわち、オーファンドラッグとは、医療の必要性は高いが、患者数が少ないために市場性がなく、製薬企業にとっては採算が悪く、企業の研究開発の対象にならず見放された、サポートもケアもされない疾患用の薬のことだ。
米国では83年に「オーファンドラッグ法」が制定され、オーファンドラッグの開発振興が図られてきた。日本は85年に稀用医薬品の製造承認申請の簡易化についての通知がある。さらに93年に「薬事法・医薬品副作用被害救済・研究振興基本法の一部を改正する法律」が公布・施行され、「医療上特にその必要性が高い医薬品及び医療機器の研究開発の促進のために必要な措置を講ずること」になった。これは、関係者の間では日本のオーファンドラッグ法の成立と言われた(欧州連合の法整備は00年)。このオーファンドラッグの開発振興事業は、昨年4月から独立行政法人医薬基盤研究所に移管され、推進されている。
オーファンドラッグとして認められるには、①患者数5万人未満の重篤な疾病が対象である②医療上、特に必要性が高い(治療法や治療薬がないなど)③開発の可能性が高い(理論的根拠や開発計画の妥当性)ーーの3要件を必要とする。厚労省からオーファンドラッグの指定を受けると開発企業は試験研究助成金の交付、指導・助言、税額控除、優先審査、再審査期間の延長などの恩典が得られる(オーファンデバイスも同じ)。
93年から04年までに、オーファンドラッグとして指定された品目数は178、承認された品目数100、開発中の品目数50、取り消された品目数28となっている。最近は、年間10件前後のオーファンドラッグの指定がされている。これまでに投入された国の助成金の総額は60億円を超えている。日本のオーファンドラッグ振興策は着実な成果を上げ、希少難治疾患の治療に貢献している。
本制度により実用化された薬はエイズ治療薬、エイズ関連疾患、各種悪性腫瘍薬、クローン病、潰瘍性大腸炎、筋萎縮性側索硬化症、再生不良性貧血、肺高血圧症、シスチン尿症、ハンセン病、マラリアなど多種多様である。なかには年間10人程度の発生を見る包虫症の薬など注目される薬も多い。
近年、医師主導治験が認められたことも、今後のオーファンドラッグの開発に寄与するであろう。また、ノーベルファーマ(ウイルソン病・新生児けいれん)などのベンチャー企業もオーファンドラッグの開発に注力している。
ところで、米国のオーファンドラッグ法は全米希少疾患患者組織(NORD)の70年代から始まった慈善事業と啓発活動の成果として生まれたものである。経済的問題に対して経済的解決策を確立し国民の支持と理解を深めた点で非常に注目される市民運動である。
オーファンドラッグという言葉の出現により、稀用医薬品開発は振興・促進され、希少難治疾患の治療に光明を当てつつある。希少疾患は6000種に及ぶとされる。国際的連携を含めたオーファンドラッグ開発のさらなる発展と新治療法の開発を期待する。
神原秋男 著
『医薬経済』 2006年2月1日号